クラヴィーア・ソナタ 3 

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<否定された「パリ・ソナタ」>

昔から親しまれてきたクラヴィーア・ソナタ、 KV 310、そして KV 330から KV 333までの5曲のクラヴィーア・ソナタは、1778年にパリで作曲されたと考えられてきた。ウィゼワとサン・フォア、そしてアインシュタインをはじめ多くのモーツァルト研究の権威が、5曲の《パリ・ソナタ》の存在を疑わなかった。我が国のモーツァルト研究者たちも、素直に《パリ・ソナタ》の存在を受け入れてきた。私が小学生時代に愛聴したイングリッド・ヘブラーのレコード(SFL ― 7756)のジャケットには、ハ長調 KV 330に関し、「1778年7月から9月の間にパリで作曲されたこの曲は、第1楽章のあまりの美しさのゆえに名高い。フランス風のしゃれた華やかさに彩られているが、母の死の直後に書かれたとは思えない明るさに支配されており、ここにもわれわれはモーツァルトの謎を知らされるのだ。」(宇野功芳)と記されている。
しかし1970年代に入り、ウォルフガング・プラートは、 KV 330から KV 333の4曲の自筆譜の筆跡を研究し、これらは早くても1780年の夏の作曲だと発表した。さらに1980年代に入り、アラン・タイソンは自筆譜の五線紙の種類や透かし模様を分析し、その結果、 KV 330から KV 332の3曲は、1783年にウィーンまたはザルツブルクで作曲されたものであり、 KV 333は1783年の末にリンツで作曲されたと判断した。(詳しくは小著モーツァルトのクラヴィーア音楽探訪 p178以下を参照)
しかしこの見方も絶対的な根拠があるわけではなく、もう少し早くウィーンで作曲されたということも考えられるのではないかと思う。 


クラヴィーア・ソナタ 第10番 ハ長調  KV 330(300h)

1.Allegro moderato ハ長調 (ソナタ形式) 2.Andante cantabile ヘ長調 (3部形式) 3.Allegretto ハ長調 (ソナタ形式)
【作曲時期】1783年6月下旬から11月下旬の間。ザルツブルク。(疑問もある。)
【初版(生前)】1784年 ウィーンのアルタリア社から
【一口メモ】冒頭の音型は、力強い和音を響かせるわけでもなく、いきなり華やかな技巧を提示するわけでもない。どちらかと言えば、音の厚みの薄い、また左手の伴奏の形から言っても穏やかな音型。やはりパリで書かれた名作 KV 310 からの距離は大きいように思う。
第2楽章は、このソナタ以前の緩徐楽章よりもさらにデリケートな世界を形づくっているように思える。中間部のヘ短調に翳る部分の響きでは、左手の鼓動バスは恐らくごく僅かにペダルを使って柔らかく音を反復させ、右手とともに天国的な響きを出すことが期待されているのだろう。第3楽章は、テンポの設定が大変難しい。もともとモーツァルトは、そんなに速いテンポを考えていたわけではないように思われる。

クラヴィーア・ソナタ 第11番 イ長調  KV 331(300i)  

1.Andante grazioso イ長調 (主題と変奏) 2.Menuetto イ長調 (複合三部形式) 3.Alla turca: Allegretto イ短調 (変形されたロンド形式)
【作曲時期】1783年6月下旬から11月下旬の間。ザルツブルク。(疑問もある)
【初版(生前)】1784年 ウィーンのアルタリア社から
【一口メモ】このあまりにも有名なソナタについて、モーツァルトに関する膨大な書物の多くが割いている部分は意外なほど小さい。モーツァルトがこのソナタについてほとんど語っておらず、手掛かりがとても少ないからだ。
第1楽章は、主題と6つの変奏から構成されるが、この楽章を弾いていると、ウィーンに来てまもない頃に作曲された《グレトリー変奏曲》との共通点を感じる。優雅な気分、華やかだけれどどこか抑制が感じられる演奏技法など、全体的に共通した雰囲気を持っているし、個々の変奏のやり方にも似たようなやり方が目立つ。第2楽章はメヌエット。優雅な音楽の流れの中でも、トリオの後半の部分で突然のフォルテが出現したり、音の自由な跳躍など、音の動きの面白さもあるが、それでいて一貫した優雅さ、それ以上に混じりけのない透明さは、この楽章をある意味で比類のないものにしている。
第3楽章「アッラ・トゥルカ」(トルコ風に)は、やはり《後宮からの誘拐》の中のトルコの軍楽をイメージして書かれたのでないだろうか。トルコの軍楽は、打楽器と管楽器が主体であり、この楽章では、歯切れのいい、とくに第一拍にアクセントを置いたリズムが特徴である。この楽章をどれくらいのテンポで弾くかについては、小著モーツァルトはどう弾いたか の中で考えてみた。(同書p53以下)


この合唱のテーマを用い、トルコ趣味に彩られているのが序曲だ。ティンパニのほか管楽器が大活躍し、フルートよりも音の鋭いピッコロが用いられている。序曲につ いてモーツァルトは、「 ― これはまったく短くて ― 強弱が絶えず入れ替わるのですが、フォルテのときはいつもトルコ音楽が入ってきます。 ― それはつぎつぎに転調していきます。 ― そして、一晩中眠れなかった人でも、ここで眠るわけにはいかないと思いますよ。 ― 」(注20)と自慢げに書き送っている。プレストの、まさに疾走する音楽である。

クラヴィーア・ソナタ 第12番 ヘ長調  KV 332(300k) 

1.Allegro ヘ長調 (ソナタ形式) 2.Adagio 変ロ長調 (二部形式) 3.Allegro assai ヘ長調 (ソナタ形式)
【作曲時期】1783年6月下旬から11月下旬の間。ザルツブルク。(疑問もある。)
【初版(生前)】1784年 ウィーンのアルタリア社から
【一口メモ】第1楽章のテーマについてアインシュタインは、「それが開始ではなく、第二主題のように抒情詩的で歌に満ち、まるで空から落ちてきたもののよう」と形容したが、華やかさは少なく、どちらかと言えばどこにでもあるような旋律である。アルタリア社の初版では、第2楽章に自筆譜にはない細やかな装飾が行われている。私が使っているウィーン原典版(音楽之友社)では、両方の版が掲載されているが、この装飾を毎回使うことはやはり躊躇される。モーツァルトは、毎回違った装飾で弾いただろうから。
第3楽章は、それまでの抑制と優雅とは打って変わった、両手を伴った激しい動きで始まる。緊張感は高まるが、次々に新しい楽想が繰り出され、その印象は多彩である。めまぐるしく激しい動きにも関わらず、音楽全体の方向性は明確で、秩序だっている

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