クラヴィーア・ソナタ 4 

Sonata
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Mozart

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クラヴィーア・ソナタ 第13番 変ロ長調  KV 333(315c) 

1.Allegro 変ロ長調 (ソナタ形式) 2.Andante cantabile 変ホ長調 (ソナタ形式) 3.Allegretto grazioso 変ロ長調 (ロンド・ソナタ形式)
【作曲時期】1783年11月中旬。リンツ とウィーンで。
【初版(生前)】1784年 トリチェッラ社から
【一口メモ】モーツァルト夫妻は、1783年夏にザルツブルクに里帰りし、リンツに立ち寄ってウィーンに戻るのだが、このソナタは、旅先のリンツで書き始められ、ウィーンで完成されたと考えられている。
第1楽章のテーマは美しく流れるとともに、押しつけがましさがなく、深い含蓄に富んだ旋律。このテーマに始まり、深々とした和音の響きや息の長いフレーズ、意表を突く面白さとともに、展開部では頻繁な和声の交替が微妙な緊張感をもたらし、モーツァルトの作曲技法が総動員されている。音楽の流れを全体的につかむとともに、細部の音の動きをゆるがせにしないだけの力量が求められる、恐ろしい曲。
第2楽章の優しく抒情的な第1主題の特徴は、音の動きが少なく、とても簡潔な音型であることだろう。そして、美しく奏でられる右手の一方でゆるやかに動く左手の音型は、音楽に空間的な広がりを与えている。右手の6度の上昇音型とともに奏される左手の下降音型は、当然クレッシェンドであり、慎ましやかだが、一種の膨らみを持っている。頂点まで持っていったかと思うと、柔らかく降りてきて、別れ際の微笑みのようなモチーフが聴く者に余韻を残してくれる。一見して何でもないようでいながら、いかにもモーツァルトらしい自然で細やかな音楽の運び方は絶妙である。
第3楽章では、やがて興奮が高まってフェルマータで終止し、28小節に及ぶカデンツァが出現する。この部分は紛れもなくクラヴィーア協奏曲の世界であり、カデンツァの前に現れる力強く華やかな部分は明らかにオーケストラのトゥッティだろう。
KV 330から KV 332までの3曲は、1784年にウィーンのアルタリア社から、また、 KV 333は、同じ年にウィーンのトリチェッラ社から出版された。前者は主として愛好家向けの作品だが、後者は、場合によってはモーツァルト自身によって演奏会で弾かれることも予定されていたのかも知れない。明らかに技巧的に難しく、より大きな構成とスケールを持っているからである。

<ハ短調と幻想曲とソナタ>

1784年10月に作曲されたハ短調のクラヴィーア・ソナタ KV 457は、同じハ短調の幻想曲 KV 475と続けて演奏されることが多い。モーツァルトのクラヴィーア作品の中でも異彩を放っている名曲である。ごく短い間に、モーツァルトの作風は深まりを見せ、変容していったように見受けられる。
幻想曲とソナタが初めから対になった作品として作曲されたのか、モーツァルトはこの2曲を続けて演奏したのか、そして、この2曲は切っても切れない関係にある作品として必ず続けて演奏されなければならないかについては議論の余地がある。
作曲の時期からいえば、まず1784年10月にハ短調のソナタ KV 457が、そして翌年の1785年5月にハ短調の幻想曲 KV 475が、それぞれ作曲されている。そして同じ年にウィーンのアルタリア社から「ピアノフォルテのための幻想曲とソナタ」として出版され、モーツァルトの弟子のひとりであったトラットナー夫人に献呈された。このような作曲の順序から見ると、モーツァルトはこの2曲をはじめから一続きの作品として構想したのではないと考えられる。
クラヴィーア・ソナタの方はは、それ自体独立性の高い作品として先に作曲された。そして、幻想曲はそのときどきの演奏の都合や雰囲気に応じ、ソナタの導入として弾かれることを想定してつくられたのだろう。この時代、ソナタが演奏される前に即興演奏が弾かれることはときどきあったようだ。たとえばマンハイムに滞在していたとき、モーツァルトはクラヴィコードで即興演奏をしてから、変口長調K281とニ長調 KV 284のソナタを弾いている。また、同じマンハイムでのコンサートでは、交響曲の前にソナタを弾いたが、このときもソナタの前に即興演奏をした記録が残っている。
マンハイムで行ったように、モーツァルト自身が演奏するのであれば、このハ短調 KV 475のソナタの前に自在に即興を弾くことができたことだろう。しかしトラットナー夫人がいくら巧みな弾き手とは言え、そこまでは望めなかったのではないだろうか。夫人がこれを暗譜してプロの演奏家のようにソナタになだれ込めるように、幻想曲を作曲してあげたのではないかと思う。 
幻想曲は、ハ短調ソナタ冒頭の3つの音と全く同じ音で始まる。テーマは、まるで何かを引きずって行くかのように重々しいアダージョ。この音型は3回繰り返されるが、開始の音は、c ― b ― as と一音ずつ下がっていき、調は微妙に変化していく。もともとこの曲の冒頭には調号は記されておらず、調の変化はめまぐるしい。テーマの展開が始まり、フォルテとピアノの対比、微妙な転調によって緊張が持続するが、いつしか光が射し込むかのようにニ長調の新しいテーマが奏されたかと思ったら、今度はいきなりアレグロに転じ、興奮が高まっていく。名人芸的な動きも経て、切なさに溢れたアンダンティーノの部分は左手の奏でる同音反復が効果的に使われている。再びピュー・アレグロの興奮が立ち戻り、最初のテーマが戻ってきて、最後はフォルテの、一陣の風のような上昇音型で曲を閉じる。
2曲の自筆譜は長い間行方不明になっていたが、1990年7月、フィラデルフィアでほぼ1世紀ぶりに再発見され、同じ年の11月、ロンドンの有名なサザビーのオークションにかけられて高値で落札されたことでも知られる。

クラヴィーア・ソナタ 第14番 ハ短調  KV 457

1.Allegro ハ短調 (ソナタ形式)   2.Adagio 変ホ長調 (変形されたロンド形式)   3.Allegro assai ハ短調 (ロンド・ソナタ形式)
【作曲時期】1784年10月14日。ウィーンで。
【初版(生前)】1785年 ウィーンのアルタリア社から
【一口メモ】冒頭からいきなりフォルテで、ハ短調の主和音をユニゾンで駆け上がる。この強烈な上昇のエネルギーはすぐに休符で切断され、ピアノで応答があり、再び同じ音型が繰り返される。曲の進行に従って、緊張と興奮は高まっていき、とりわけ展開部では、冒頭の上昇音型は連続して4回も弾かれ、気分的高揚が頂点に達する。この楽章は、あちこちに断層があり、「モーツァルトの音楽は美しく自然に流れていくものだ」という先入観を見事に打ち砕いてくれる。
第2楽章は一転して穏やかな世界が出現するが、すぐに入り組んだ世界に入り、第1楽章とまた違った意味でドラマティックな音楽となる。第3楽章のテーマは音が少なく、とても単純な動きに支えられた音型であるが、アウフタクトで入る右手のテーマと左手の和音のずれが、既に初めから緊張を孕んでいる。

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