変 奏 曲 3 

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Mozart

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クラヴィーアのための10の変奏曲 ト長調 KV 455

【作曲時期】1784年8月25日(作品目録記載時)。ウィーンで。
【テーマ】1780年にウィーンで初演されたクリストフ・ウィリバルト・グルックによるドイツ語のジングシュピール「メッカの巡礼」の中のバスによるアリエッタ「愚民の思うは」
【一口メモ】皇帝ヨーゼフ2世も臨席した1783年3月23日の演奏会で即興したもの。このとき、グルックも出席していた。テーマの分かり易い下降音型に装飾を加えた通常の変奏方法で開始されるが、第4変奏でいったん華やかに高まった後、第5変奏ではト短調で雰囲気を変え、随所に使われるトリルが印象的な第6変奏、可憐さも漂う第7変奏を経て、第8変奏では、両手の交差によって再び華麗な名人芸が披露され、カデンツァも加わる。第9変奏ではアダージョとなり、《パイジェルロ変奏曲》と同様に、幻想曲風の楽想が繰り広げられるが、ここではオペラのレチタティーヴォ風のフレーズも見られる。第10変奏は、実に大規模な変奏で、カデンツァ風に両手の頻繁な交差を含むクラヴィーアの技巧が次々に披露される。テーマはいったん忠実に反復されるが、興味深いのはモーツァルトはグルックのテーマで曲を閉じることをせず、まったく新しい旋律を出現させた後、イ長調 KV 488の終楽章で使っている音型を用い、自分自身の口癖で曲を閉じていることである。このグルックによる変奏曲を弾いていると、モーツァルトが満席の聴衆を前に、そして聴衆を意識して自慢の演奏を聴かせていることがひしひしと伝わってくる。万雷の拍手を一身に受け、それをステージの上から客席にいるグルックに投げ返しているモーツァルトの姿を彷彿とさせる。

クラヴィーアのための12の変奏曲 変ロ長調  KV 500

【作曲時期】1786年9月12日。ウィーンで。
【テーマ】おそらくはモーツァルト自身のものか。
【一口メモ】テーマは、トリルを伴いながら上昇する、愛らしい舞曲風の旋律だが、その由来は分かっていない。名人芸が披露されているが、全体を通して弾いてみると、どことなく抑制が利いていて、ある寂しさというか憂愁を感じさせる。第1変奏から第4変奏までの、三連符、16音符によるテーマの分割は聞き慣れた手法であるが、心なしか飛び回るような闊達な変化は抑えられているように感じられる。第5変奏では少ない音で半音階的な動きを聞かせ、変ロ短調に転じる第7変奏ではかなり対位法的な手法が使われ、第8変奏の同音反復は、後年の《魔笛》序曲や KV 570のソナタの終楽章をふと想起させる。第10変奏では、両手の交差が行われるが、優雅さは蔭を潜め、単一の音で弾かれる高音や、トリルを伴う低音部など、響きのバランスという面では弾きにくく、同時に謎めいた雰囲気が前面に出ている。第11変奏では定石どおりにアダージョに転じ、しみじみとした歌が歌われる。装飾的でいながら音の動きが少なく、一抹の寂しさを感じさせる音楽。第12変奏の中のカデンツァも短く、簡潔であり、その後にテーマがほぼそのままの形で回想される。

クラヴィーアのための6つの変奏曲 ヘ長調  KV 54(547b)

【作曲時期】1788年6月。ウィーンで。
【一口メモ】この作品は、1788年6月に作曲されたクラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ KV 547第3楽章「主題と6つの変奏」のクラヴィーアのパートとして書かれたと考えられている。ケッヘルの初版ではどういうわけか KV 54という若い番号がつけられ、第6版ではソナタとは別の作品として KV 547bとなった。この変奏曲が出版された際、ソナタにあった第4変奏と第6変奏の一部がカットされ、1795年にアルタリアから出版されたときは、また6つの変奏曲となっており、第4変奏はモーツァルトの作曲ではない可能性が強い。


クラヴィーアのための9つの変奏曲 ニ長調  KV 573

【作曲時期】1789年4月29日。ポツダムで。
【テーマ】フランス人のチェリストでポツダムの宮廷楽長であったジャン・ピエール・デュポールのチェロ・ソナタの中のメヌエット。
【一口メモ】モーツァルトは、デュポールへの敬意を表したかったのではないかという説が強い。デュポールのテーマはごくありきたりの旋律で、モーツァルトはこの退屈な素材を使って縦横に変奏していく、と言いたいところだが、そうだろうか。変奏のやり方は定型的で、ニ短調に翳る第6変奏も短調特有の美しさがあるものの、モーツァルト後期の澄み切った世界ではない。第8変奏ではアダージョになり、ややファンタジックな雰囲気を漂わせるが、やがてテーマが戻ってきて、最後はまるでデュポールを嘲っているかのような和音で終わる。この変奏曲は、しばしばモーツァルトのクラヴィーアのための変奏曲の中で最も優れたものだと評価されることがあるが、私はそうは思わない。モーツァルトの作品目録には「主題と6つの変奏曲」と記載されているが、モーツァルトの死後ウィーンのアルタリア社から出版されたときは、変奏曲は9つになっていた。3つは追加されたと考えることもできるが、自筆譜は残されておらず、確認する方法もないので、新全集では初版に従い、9つの版を使っている。


クラヴィーアのための8つの変奏曲 ヘ長調  KV 613

【作曲時期】1791年3月。ウィーンで。
【テーマ】《魔笛》の作者エマヌエル・シカネーダーの脚本、ベネディクト・シャック作曲によるジングシュピール《愚かな庭師》の中のリート「女ほど素敵なものはない」
【一口メモ】この変奏曲はかなり規模が大きいが、これは、テーマに、8小節のいわば前奏がついており、第7変奏までは、この前奏とテーマの両方が変奏されるという形を取っているからである。この前奏は第4変奏まではほぼそのままの形で反復され、次第に形が崩れていく。テーマは、歌い易い、情感のこもった歌であり、第7変奏まで、それぞれ前奏に続いて変奏されるが、どの変奏からもテーマの歌が聞こえ、比較的淡々と進みながら、次第に入り組んだ世界に入っていく。第7変奏で前奏の後アダージョに入ると、音楽は自由度を増し、長く響かせる音と細分化されたパッセージとの対比が印象的だが、同時に孤独な独り言を呟いているような雰囲気を持っている。モーツァルトのクラヴィーア技巧が総動員されて頂点に達し、前奏が戻ってきたと思うとそれがテーマと重なり合い、溶け込んでいって、名残を残しながら穏やかな気分で曲を終える。この変奏曲の人気は必ずしも高くないようだが、間違いなく、モーツァルト最晩年の名作であると思う。変奏曲にしては複雑な構成を持ち、また華やかな技巧が披露されながら、音楽の内容は実に味わい深い。

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