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- プラハ城からの眺め
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オーストリア皇帝は、ボヘミア国王の地位も兼ねていました。レオポルト2世のボヘミア国王としての戴冠式がプラハで行われることになり、モーツァルトは、宮廷から戴冠式にちなんだ祝典のためのオペラを依頼されました。これが、オペラ・セリア《ティトの慈悲》です。
モーツァルトは、妻コンスタンツェ、弟子のジュスマイヤーとともに、おそらく8月28日頃にプラハに着いたと考えられます。
レオポルト2世の戴冠式は、1791年9月6日に聖ヴィート大聖堂で挙行されることになっていました。
- 《ティトの慈悲》
- 《ドン・ジョヴァンニ》のときと同じように、《ティトの慈悲》の作曲は上演直前ぎりぎりまで続けられ、1791年9月6日、プラハの国立歌劇場で初演されました。
戴冠式のために創られたオペラですから、内容は皇帝の徳を称える内容となっており、国王や皇帝の即位のときに好まれた物語でした。メタスタージョの台本を、カテリーナ・マッツォラが改訂しました。
ときは古代ローマ。皇帝ティトを主人公に、放火、暗殺の陰謀を企んだ取りまきを最後に皇帝が許し、人々が皇帝の慈悲を称えて終わる、という筋書きです。
初演には皇帝レオポルト2世と皇后も臨席しましたが、とくに皇后はこのオペラのできばえを酷評したというエピソードも残っています。
右の写真は、現在の国立歌劇場の内部です。美しく、そして豪華に装飾されています。
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