昨夜は、演奏会の後、恩人の慰労会。神戸・旧居留地のフレンチONOMATOPEにご案内しました。
ONOMATOPEは、感覚の言葉。sakusakuとかaoaoとかfuwariとか、お料理が出来上がる瞬間、そして口に運ぶ瞬間に感じる擬態語。
技術と感覚の両立をモット―にされておられる沖原健太シェフのクリエイティブな感覚と細やかな愛が一皿一皿にこもっていて、WAKUWAKUのひとときでした。
お連れした女性は、大の野菜好き。14種類の野菜それぞれに異なる調理が施され、ひっそりと野菜の下に忍ばせたソースでいただく絵のように美しい鮮やかな一皿に大感激。

そしてブイヤベースというと魚介のスープ、というのが定番ですが、パイ包みの伊勢海老の上からテーブルでスープとソースが供される凝りよう。

メインの一皿。

そして最後のデザートは、優柔不断の私には「チョイス」ができないほど珠玉のスイーツ揃い。

織田信吾ソムリエのワイン談義をお伺いしながら、非日常の時間を過ごさせていただきました。
翌朝は、雨もあがりお散歩日和。教会に入り、オルガンの音にしばし耳を傾けました。6月21日から27日は沖縄週間にあたります。ちょうど弾かれていた聖歌423番「命こそ宝」を一緒に小さな声で歌わせていただきました。「主よ、あなたはどこにおられた」の歌詞に涙が溢れました。澄んだ目のオルガニストの方が「私は今日が最後の奏楽なのです」と仰り、来月から他の教会に行かれるとか。美しい音色と一期一会のひとときでした。
散歩好きの主人に誘われ、街を一緒に歩くこともありますが、私は咲いている花を見たり、流れる雲を見ながらのリラックス・タイム。けれど主人は、散歩というより視察。「この看板は経年劣化で字が読めなくなっている」「この空き家は朽ちていて危険だ」「この古木は手入れの必要がある」など、市民の皆様の安全と快適な暮らしと街の景観に目を配り、神戸を良くすることしか考えていないようです。道中、お声をかけてくださる方も多く「ここに木を植えてもらって本当によかった」とか「この通りが明るくなった」など暮らしておられる方の一言一言に耳を傾け、改善点と気付きのための時間でもあります。しかも予定の時間にピッタリ戻ってこれる方向感覚と時間感覚には仰天です。ボーっと歩いている私には真似のできない「SANPO」。お供したいような、したくないような・・・。



コメント