Taunus Zeitung Frankfurter Neue Presse
Dienstag, 4. August 2026
- BAD HOMBURG・HOCHTAUNUS
“Glückliche Stunden„ eines “ewigen Romantikers„
Burghard Tölke und Yuko Hisamoto präsentieren Kompositionen von Walter Wachsmuth 
タウヌス・ツァイトゥング
フランクフルター ノイエ プレッセ
2026年08月04日
訳:YOKO OHAMA
- 「永遠のロマン主義者」の「歓びに満ちた時間」
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ブルクハルト・トゥルケと久元祐子がヴァルター・ヴァックスムートの作品を演奏
バート・ホンブルク - 華々しい序奏に始まり、やがてウィーン風の三拍子に身を委ねて心地よく揺れる。ヴァルター・ヴァックスムートはピアノに、そして何よりヴァイオリンに最高の見せ場を与えている。ほとんど、あるいは全く世間に知られていないこの作曲家は、自らのサロン小品に『歓びに満ちた時間』(Glückliche Stunde)という題名を冠している。ブルクハルト・トゥルケと久元祐子は、先週末(8月1日、2日)に開催した、ほぼ同じ曲目で構成された2つのコンサートの幕開けにこの曲を選んだ。キリスト教会のピラミッド型屋根の下でもたらされる非常にダイレクトな音響が、一連の小ぶりなサロン小品や性格小品に、さらなる存在感を与えていた。
トゥルケは、「ヴァックスムートの名はおろか、その作品についても、ほんの10年前まではよく知りませんでした」と語った。彼は、1882年に当時の東プロイセンのケーニヒスベルクで生まれたこのヴァイオリニスト兼作曲家について、かつてのヴァイオリンの師匠から教えてもらったとのことだ。師はヴァックスムートの3人の孫たちからの『遺された、その多くが未出版である作品群に取り組んでほしい』という願いをトゥルケに託した。現在マインツのペーター・コーネリウス音楽院で教鞭をとるトゥルケにとって、それは自分が喜んで捧げた任務のひとつだった。
彼と久元祐子は、ヴァックスムートの自筆譜のコピーから演奏した。心地よく感じたのは、時に甘美な楽章を2人がそれ以上甘くしなかったことで、それにより、不快な俗悪さに近づくことを免れていた。それどころか、演奏時間が非常に短いこれらの楽曲を、真剣に受け止め演奏していた。様々な影響がはっきりと浮かび上がってきた。例えば、ジュール・マスネの有名な『タイスの瞑想曲』や、決して侮ることのできない、シュトラウス家やフランツ・レハールなどのウィーン音楽の響きが随所に想起させられた。
「ヴァックスムートは極めて優れたヴァイオリニストだったに違いありません」と、彼の作品を深く理解するトゥルケは語った。当時の代表的なヴァイオリニストの一人であり、ヨハネス・ブラームスとも芸術面で深い結びつきのあったヨーゼフ・ヨアヒムが、パン職人を父に持つ才能あるヴァックスムートを指導した。「どの弦、どの運指で演奏すべきかまで、彼は事細かに書きました」とトゥルケは説明した。ヴァックスムートは、ヴァイオリンの最低音の弦であるG線のみで演奏する『哀歌』(Elegie)を作曲した。
ヴァックスムートは、正真正銘『永遠のロマン主義者』と呼ぶにふさわしい人物だろう。というのも、1950年代から60年代にかけて彼が手がけた『夜に』(Am Abend)、『幻影』(Vision)、『祝祭の夜』(Nuit solennelle、『幻想』(Illusion)といった作品が証明しているように、彼はこの様式に強い結びつきを感じていたからである。『クレオパトラ』(Kleopatra)は夜想曲の伝統を汲んでおり、『夜に』(Am Abend)や『恋に落ちて』(Die Verliebten)はセレナード(小夜曲)の形式を取り入れている。その特徴は、久元による非常に響きの際立つ演奏、そしてそれ以上に、トゥルケの演奏において遺憾なく発揮された。この聴き応えのある作品群が今後さらに演奏される機会に向けては、ダイナミクスの陰影、すなわち音量の度合いをもう少し明確に描き出すことが望まれる。
それでもやはり、2人はこれらの小品群を実に色彩豊かに表現していた。トゥルケはかつて自身の大叔父のものであったヴァイオリンで、その演奏を披露した。その大叔父は、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが指揮者を務めていた時代にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の楽員だったが、ユダヤ人であったがために、同楽団を去ることを余儀なくされた。このようにして、この午後の音楽の時間は、19世紀の「文化的豊穣」の時代から、1930年代の「文化と人道主義の喪失」の時代へと至る、歴史のアーチを再び架け直すこととなった。
トゥルケと久元が教区の人々との協力により企画したこの演奏会は、両日午後ともに大きな関心を集め、日曜日(8月2日)はさらに多くの聴衆で賑わったという。幼少期からブラウンシュヴァイクに暮らし、地元の音楽界を形作ってきたこの作曲家の作品に耳を傾けることは、実に価値のある経験だった。その作品を聴く価値があったのは、何よりも、これらの情緒豊かな性格小品が、聴き手にとって極めて高い心地よさを備えているからに他ならない。そのことは、ワルツ『泉にて』(Am Quell)において、なお一層強く感じられた。アンコールに2曲を披露して2人はステージを後にしたが、そのうちの1曲、ヘンデルのオペラ『セルセ』(Xerxes)からの有名な『ラルゴ』(Largo)では、バロックならではの歌の旋律が温かく、とろけるような美しい響きを奏でていた。ウルリヒ・ボラー(執筆者)
写真:
ブルクハルト・トゥルケ(ヴァイオリン)と久元祐子(ピアノ)がクリストゥス教会にてヴァルター・ヴァックスムートの作品を演奏
BAD HOMBURGER WOCHE・FRIEDRICHSDORFER WOCHE
7.August 2026
バート・ホンブルク・ウィーク/フリートリヒスドルフ・ウィーク
2026年08月07日
訳:YOKO OHAMA
- 久元とトゥルケがヴァルター・ヴァックスムートの作品で聴衆を魅了
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バート・ホンブルク
ほとんど忘れ去られるところだった音楽の世界の扉を開くのに、ときにはヴァイオリンが奏でるたったひとつの音で十分だ。この週末、クリストゥス教会にはそのような音色が数多く響き渡った。穏やかで切望するような、力強くドラマティックな、軽快な音色。会場は後期ロマン派の温かさで満たされた。日本のピアニスト久元祐子と、ヴァイオリニストのブルクハルト・トゥルケによる格別なコンサートが二度開催され、長い間注目されることのなかった作曲家ヴァルター・ヴァックスムートの作品が、バート・ホンブルクで感銘深く息を吹き返した。教会の光景だけでも、すでにこの特別な夜にふさわしかった。久元のまとう色鮮やかなドレスは、教会の窓のステンドグラスによるゆらめきや光り輝くさまざまな色と見事に調和していた。その隣でヴァイオリンを演奏するブルクハルト・トゥルケは、集中し、圧倒的な存在感で、動きのひとつひとつが楽器と一体化していた。聴衆の前にいたのは2人の演奏家だったが、まるでオーケストラ全体がクリストゥス教会を満たしているような印象を幾度も受けた。
2回のコンサートを主催したマティアス・シェーファーが、聴衆に挨拶した。「モーツァルトの作品で強く結ばれた2人ですが、モーツァルトの作品はプログラムにありません」と、シェーファー史は事前に明かした。演奏会はすべて作曲家ヴァルター・ヴァックスムートの作品で構成され、その作品は後期ロマン派、サロン音楽や近代音楽の初期の影響のはざまに位置づけられる。教会にウィーンの情緒漂う
1曲目からすでにウィーンの情緒がバード・ホンブルクのクリストゥス教会に漂っていた。ヴァックスムートの音楽にはカフェハウスやサロンの面影があり、3/4拍子の優雅メロディーを耳にしたが、それだけではなく驚くような転換やドラマチックなパッセージもあった。ロマン派らしい温かみ、陰翳のある音色、力強いアクセントが幾度となく交互に押し寄せた。
演奏会は『歓びに満ちた時間』(Glückliche Stunden)で幕を開けた。この作品はそのタイトルにふさわしい。軽やかなメロディー、躍動感あるパッセージ、そしてまるで踊るかのような性格が、聴衆をすぐにヴァックスムートの音の世界へと導いた。1曲目直後の心からの拍手は、その音楽がいかに素早く聴衆の心に届いたかを示していた。
『恋のゲーム』(Galantes Spiel)では、優美なサロンの響きがより現代的な影響と結びついていた。柔らかく、まるで宙を漂うかの時間が、軽快でドラマティックなパッセージへと移っていき、音楽は再びロマン派の原典へと戻っていった。まさにこの移り変わりが、演奏会全体の特徴だった。ヴァックスムートは、自らのメロディーをただ漫然と流れるままにすることは決してなかった。彼は常に新たなアクセントを刻み、テンポや曲の雰囲気を変化させ、聴衆の心を惹きつけて離さなかった。
3曲目の『幻想』(Illusion)は、ヴァックスムートが1955年のクリスマスに作曲した作品だ。久元とトゥルケは、始めのうちは繊細で美しいメロディーを奏でていたものの、曲が進むにつれて力強く緊迫感に満ちた響きへと発展させていき、それは時にまるで現代の映画音楽を彷彿とさせるほどであった。トゥルケは深い情熱を傾けて演奏し、そのヴァイオリンはまるで自ら歌い、物語を語りかけてくるかのようであった。トゥルケのヴァイオリンは、彼にとって個人的に特別な意味を持つものだ。彼はそのヴァイオリンを、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で演奏していた大叔父から譲り受けた。この夕べ、ヴァイオリンはトゥルケの手の中で、温かく豊かで、同時に極めて繊細な響きを放った。特に『G線のためのエレジー』(Elegie für die G-Saite)は複雑で表現豊かな姿を見せた。ヴァックスムートが1943年にウィーンで作曲した間奏曲『肖像画』(Dein Bildnis)も、スリリングな雰囲気の移り変わりが強く印象に残った。楽曲は陰鬱で神秘的に始まり、やがて音楽が展開し、よりロマンチックで明るく、どこか楽しげで軽快な表情へと変化していった。両者の演奏家とも、互いの極めて繊細なニュアンスに瞬時に反応し合っていた。ある時はヴァイオリンがリードし、またある時はピアノが方向性を示し、やがて二つの声部は一つの響きへと溶け合っていった。
トゥルケはチャーミングかつ、またトークで聴衆をもてなしながらプログラムを進行していった。ヴァックスムートは楽譜の中に、個々のパッセージをどの運指かつどの弦で演奏すべきかを非常に細かく書き残していた、と彼は語った。そこには、ヨーゼフ・ヨアヒム派の影響がはっきりと見て取れる、とのことだ。同時代で最も重要なヴァイオリニストの一人であったヨアヒムは、ヴァックスムートがベルリンのシュテルン音楽院で学んでいた頃に、彼に大きな影響を与えた。
セレナーデ『恋に落ちて』(Die Verliebten)で、演奏会の第一部が締めくくられた。ヴァックスムートはこの曲を、大編成のオーケストラからサロン・オーケストラ、そしてヴァイオリンとピアノの編成に至るまで、様々な編成で想定していた。この曲はバート・ホンブルクで、戯れるように、軽やかに始まった。再びメロディーに郷愁が混ざり合う前に、喜びに満ちた瞬間がきらめくように現れた。ある女性は、二人の演奏を次のように的確に表現した。「ピアノとヴァイオリンが息ぴったりに美しく調和していて、二人合わさることで本当に特別な輝きを放っています」2人の演奏家 - ひとつの大きな響き
休憩後、久元とトゥルケは、豊潤で夢見がちな、そして憧れに満ちた響きとともにステージに戻ってきた。二人の演奏は、前半よりもさらに一体感を増し、力強さを感じさせた。二人とも、完璧なテクニックでそれぞれの楽器を操っていた。『クレオパトラの夜想曲』は、神秘的で、どこか妖艶にきらめくよう雰囲気を醸し出していた。それに続いて、1952年に作曲された音のスケッチである『夜に』が演奏された。静かなメロディーが徐々に高みに向かって響き渡り、まるで長い一日のざわめきや出来事を次々と思い浮かべているかのようだった。和音や動機の繰り返しは、いかにもヴァックスムートの作曲らしい。よく耳を傾けていると、時おり、何やら懐かしい物に再会したような感情が訪れた。しかし音楽は常に変化に富んでいた。なぜなら、テンポの変化、驚くような和音の使用やドラマティックな要素が常に新たな視点を開いたからだ。
『俺の世界』(Meine Welt)では、2人が一体となって力強さを披露した。力のあるこの作品は、ピアノとヴァイオリンによる親密な音楽的対話で成り立っている。トゥルケが久元の演奏を始めて聴いたのは、彼女が東京でモーツァルトを演奏した時のことだ。当時すでに彼の中には、彼女と一緒に演奏したいという願望が芽生えていた。「久元さんと一緒に演奏させて頂き、感謝しています」と、トゥルケはピアノに座る同僚について話した。
久元祐子は東京の国立音楽大学の教授で、すでにウィーン放送交響楽団や新日本フィルハーモニー交響楽団といった、数々の著名なオーケストラと共演している。彼女がリリースした16枚のCDは、国際的に高い評価を得ている。
トゥルケもまた、芸術家として素晴らしいキャリアの持ち主だ。彼はヴァイマール、デトモルト、ニューヨークを経てウィーンで音楽を学んだ。ノーバート・ブレイニン、ウラジーミル・マリニン、アイザック・スターン、ザハール・ブロンに師事し、音楽的な刺激を受けた。彼はバート・キッシンゲン国立療養地フィルハーモニーの首席指揮者を務め、ウィーンのリヒャルト・ワーグナー音楽院でヴァイオリンおよびヴィオラの教授を歴任し、現在はマインツのペーター・コーネリウス音楽院で教えている。泉から水が流れ始めた
トゥルケがこの演奏会の夕べの最後の曲を紹介すると、会場に残念そうな空気が漂った。この類まれなる音楽の旅は、あまりにも早く過ぎ去った。しかし後期ロマン派のワルツ的牧歌『泉にて』(Am Quell)で、2人は改めて格別な高みに達した。最初は音楽がひときわ静かに表れたように感じられた。それはまるで地表から湧き出て自分の行く道を探す水のようだった。それから音楽は流れ始め、より生き生きと、より活発に、より躍動感のあるものへと変化した。まるで水がぴちゃぴちゃと当たる音や、水がどんどん流れ混む様子が聞こえるようだった。
長く続く拍手が、2人の演奏家を舞台にとどまらせた。アンコールとして『3つの星』(Drei Sterne)が演奏された。この曲はフランス語のタイトル『Nuit solennelle』、つまり『祝祭の夜』(Feierliche Nacht)としても知られている。久元とトゥルケはきらきら輝く音と素早い和音で、聴衆に文字通り華やかで人生を祝福するようなアンコールを贈った。
しかし、熱狂する観客はこれでは気持ちが収まらなかった。改めてアンコールの拍手が鳴りやまず、二度目のアンコールが演奏された。フリートリヒ・ヘンデルの『ラルゴ』(Largo)で、久元とトゥルケは再び音楽の世界を様変わりさせた。2人はバロックの静けさや品位、繊細な音色を、後期ロマン派の豊かな音色、サロン音楽や舞るような軽やかさで展開していった。そこで明らかだったのは、久元とトゥルケがヴァックスムートの複雑な作曲を完璧にマスターしているだけでなく、バロック音楽の特別な雰囲気を確実に理解しているということだった。ヘンデルの『ラルゴ』が厳かに、澄んだ響きで心をこめてクリストゥス教会を満たすと、華やかな終止符が訪れた。音楽のフルコース
マティアス・シェーファーは久元とトゥルケにその素晴らしい夕べへの感謝を述べ、それを表現するために、まさに適切な料理の比喩を用いた。「お二人のアーティストは本日、単にメインのフィレ肉だけでなく、素晴らしいフルコースを提供してくださいました」。と語ると、この「フルコース」に合わせるよう、花束とラインヘッセン産のワインを2本手渡した。1本は「最高に心地よい」(Pudelwohl)という名前の白ワイン。というのも、このコンサートの後は、誰もが最高に心地よい気分になるからだ。もう1本は「鳥肌そのもの」(Gänsehaut pur)という名前の赤のブレンドワインだ。
バート・ホンブルクでの週末の演奏会の後、久元とトゥルケはすぐにウィーンへ向かう。8月3日から7日まで、2人はウィーン・シンフォニーオーケストラのパートナーのひとつ『トーンツァウバー』スタジオでヴァルター・ヴァックスムートのさらなる作品を録音する。これにより2人は、存命中にブラウンシュヴァイクの音楽界に決定的な影響を与えたひとりの作曲家の音楽を再び耳にできるよう貢献する。
聴衆は演奏会の夕べに感動し、ある2人の女性はクリストゥス教会を去る際に以下のようなコメントを残した。「こんな演奏会は夢にも思いませんでした」とひとりが満足そうに感想を語ると、「ええ、とても素晴らしかったです」ともうひとりの女性が賛同した。この至極の演奏会の夕べを一言で表すのに、これ以上適切なことばはないだろう。
演奏会を聞き逃した、あるいはピアニストの久元祐子とヴァイオリニストのブルクハルト・トゥルケの演奏をもっと聴きたい人向けに、今後もその機会がある。バート・ホンブルクのシュロス教会で二度の演奏会が予定されている。演奏会の情報をいち早く受け取りたい方は、メール(concerto@freenetmail.de)にてメーリングリストへの登録を希望する旨をご連絡ください。写真1:
2人の演奏家が調和し、まるでオーケストラ全体かのような響き:ピアニストの久元祐子とヴァイオリニストのブルクハルト・トゥルケがその精密さと繊細に息を合わせた演奏で聴衆を魅了写真2:
クリストゥス教会にウィーンのカフェハウスの雰囲気が漂う:休憩中にはモーツァルト・クーゲル(チョコレート菓子)が聴衆に振舞われた。
