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「クラヴィーア」という総称が意味するもう一つの楽器が クラヴィコード(ドイツ語で、Clavichord, Klavichord)です。
クラヴィコードは、チェンバロやピアノフォルテとは異なり、当時コンサートで用いられることはほとんどありませんでした。というのは、音がとても小さく、多くの人に聞いてもらう、という音量ではなかったからです。
今日でもクラヴィコードのコンサートはあまりありませんが、この楽器でコンサートをするためには、響きや広さなど、聴いていただける場所の設定に苦労します。
この楽器は主としてドイツ、特に北ドイツで使われ、とくにカール・フィリップ・エマヌエル・バッハと彼らの影響を受けた音楽家たちに愛用されました。
左の写真は、18世紀後半にドイツで活躍したクラヴィーア制作者シートマイヤー(J.C.G. Schiedmayer) が制作したクラヴィコードをもとに制作された、Hubbard Harpsichords, Inc.の楽器です。
もとの楽器は、1790年前後につくられたようですが、すでにピアノフォルテが普及していた時期になっても、なおこのクラヴィコードが愛好されていたことがわかります。
この楽器は、FFからg''までの5オクターブあまり、63鍵の楽器です。
モーツァルトと同時代の音楽家であり、理論家であった、ダニエル・ゴットロープ・テュルクは、「箴言」でも取り上げました「クラヴィーア教本」を著していますが、彼はこの中で、「クラヴィーア」を主としてクラヴィコードを指す言葉として使っています。テュルクは、ドレスデンやライプツィヒで活躍した人ですが、18世紀後半のこの地方の人々にとり、クラヴィコードはとても身近で、なじみ深いものだったのでしょう。

単純な構造

私は山野辺暁彦さん制作のクラヴィコードを手元に置き、毎日弾いています。(左の写真)
ご覧いただければおわかりのとおり、箱形のとても小さな楽器で、持ち運びすることもできます。自分でコンサート会場に運んで、また持って帰ってくる、というのはなかなかの重労働なのですが、地下鉄や電車で運ぶことができる鍵盤楽器は、このクラヴィコードくらいではないでしょうか。
かさだけではなく音も小さく、ちょっとした空調の音でもこの楽器を弾くには、大きな騒音になってしまいます。

耳を澄ます、という能動的な働きかけによって、この楽器の醸し出す豊穣さを享受する歓びが生まれる、ということかもしれません。
しみじみと自らと対話するように弾く、ある意味でパーソナルな鍵盤楽器と言えるでしょう。
クラヴィコードは、とても単純な構造の楽器です。
チェンバロのようなレジスターやストップもなく、また、ピアノフォルテと異なり、ハンマー・アクションの構造もありません。
右の写真で、下の鍵盤を押すと、木片が持ち上がり、この木片の端に取り付けられている真鍮タンジェントが弦を打って音が出ます。
私のこの楽器では、弦は斜めに張られています。ちょっと見にくいのですが、弦に向かって下から突き出ている突起が、タンジェントです。金色に光って見えています。
弦に当たるこのタンジェントの角度などの微妙な調整で、音が驚くほど変わり、あらためてデリケートな楽器であることを実感します。
このように単純な楽器であるだけに、クラヴィコードは、演奏者が「直接弦に触れている」という感触を持つことができる楽器です。鍵盤の底で、上下に指を振わせるとたちまちヴィブラートがかった音が出ます。タンジェントが弦を打った後、鍵盤を揺らすことによって、その動きが弦に伝わり、音が微妙に変化するわけです。このような芸当は、ピアノフォルテやチェンバロではできませんし、複雑なハンマー・アクションの構造を持ち、指先とハンマーの位置がとても遠い現代のピアノでは望むべくもありません。
このように、クラヴィコードは、音量は出ないのですが、それ故に、とても微妙なニュアンスと色彩の変化を可能にする楽器なのです。

クラヴィコード 2