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久元祐子 モーツァルト・ソナタ全曲演奏会 vol.5 (2019.10.27 サントリーホール・ブルーローズ)
- ミュージック・ペンクラブ・ジャパン 2019年12月号 Classic Review
- 開演前、多くの方々がプログラム・ノートに目を通す。近年は演奏家が自ら執筆することが多い。この日も久元が書いていたが、ただそれだけではなかった。久元がどこを意識し、どんな点に力を入れてこのプログラムに臨んだか、そして、それが演奏にどう反映されていたかが、プログラム・ノートと演奏そのものの間で非常に整合性が取れていて、分かりやすかったのである。久元が強く意識していたのは、ピアノの発達、そしてそれにともなう演奏様式の変化である。また、この日に限るとハイドンとモーツァルトの違い。
最初のハイドンのHob.XVI/23とモーツァルトのKV280はそれぞれ作曲年代が1773年と1775年である。モーツァルトはハイドンのピアノ・ソナタを研究した上でKV280を書いたという。しかし、モーツァルトには変化があり動きがある。また歌うようなテーマを使っている。ピアノは1700年頃に発明された。それまでのチェンバロに代わるものだが、広がり出すのはやっと1750年を過ぎた頃で、この2曲が書かれた頃はまだ発達段階だった。今日のピアノに比べキーは浅く、軽かった。久元は現代のベーゼンドルファー最新モデルで弾いていたにもかかわらず、タッチはチェンバロを思わせるほどの繊細で軽やかなものだった。面白かったのは、その後のハイドンのHob.XVI/52だった。これはモーツァルトの没後、1794年に書かれており、プログラム・ノートによるとハイドンは「イギリス式アクションの力強いフォルテピアノ」を使った可能性が高い。それを意識してか、演奏は響きも表現もヴィツトゥオーゾ風のスケールが大きいものになった。ここでは、コンサート・グランド・ピアノの効果がいかんなく発揮されていた。後半のモーツァルトの2つのピアノ・ソナタは、また時代を遡って1788年の作品だった。演奏も再び、当時のピアノ(ヴァルター製)を思わせる軽やかな響きを聴かせてくれた。
久元のピアノは的確な指使い、そこから出る華麗な響き、そして一音一音に込めた繊細さが特徴だった。それは、アンコールで演奏されたモーツァルト<グラス・ハーモニカのためのアダージョ>やJ.シュトラウス2世<酒、女、歌>にも表現されていた。来年はベートーヴェンの生誕250年記念で、このシリーズではベートーヴェンも演奏すると言っていた。楽しみである。今後のさらなる活躍を祈りたい。(石多正男) http://www.musicpenclub.com/review/classic/index.html
- 音楽の友 2020年1月号 Concert Reviews
- 10月27日・サントリーホール〈小〉●ハイドン「ピアノ・ソナタ」ヘ長調HobXY-23、モーツァルト「ピアノ・ソナタ」ヘ長調K280、ハイドン「ピアノ・ソナタ」変ホ長調HobXY-52、モーツァルト「ピアノ・ソナタ」変ロ長調K570、同「ピアノ・ソナタ」ニ長調K576
ハイドンとモーツァルトのクラヴィーア・ソナタの親近性と、後により明確になる個々の作品の独自性に焦点が当てられた演奏会であった。
冒頭にハイドンとモーツァルトのヘ長調ソナタが連続して演奏されたことにより、より明瞭になった両曲を比較しながら筆を進めたい。軽くそして中庸なひびきの、(ある種「ハ―フタッチ」に通じる)「レッジェロ・レーガ―卜」的ア―ティキュレーションが支配するそれぞれの第1楽草では、(ピアニストのプログラムノ―卜によると前者はチェンバロを想定して書かれたものとのことであるが)ともに往時のフォルテピアノを偲ばせるひびきが醸された。モーツァルト作品全体を通してのノン・レガートのア―ティキュレ―ションの「キレのよい」音の立ち上がりは、いっそう作曲家の表現を際立たせるものになった。ハイドンのそれぞれの第2楽章における暖かく明るい艶のあるひびきは、作曲家に典型的な内面の安寧を象徴するものに感じられたが、(これとは対照的に)モーツァルトのそれぞれの第2楽章の音楽世界は作曲家のこころに潜むある種の不穏さ、加えてある種諦念のような心の陰りの表情として感受された。第3楽章においても両作曲家の際立つ表現の対照性が素晴らしく展開された。ハイドンでは安寧のなかに遊ぶフモールに満ちる生き生きとした諧謔性を、翻ってモーツァルトにおいては彫琢の深い心情の劇的変化を揺るぎないストレートな表現に聴くことができた。全体として急速楽章に共通するひびきの明るさと音切れの良さ、そして緩徐楽章における際立つ内面性の「個別」の表現に、ピアニストの表現における造形の的確さと多様な内面性に共鳴した。 ●石川哲郎 音楽の友 2020年1月号
- ショパン 2020年1月号
- 二人の作曲家が到達した
世界の違いを浮き彫りに 取材・文/森岡葉(音楽ジャーナリスト)
モーツァルト演奏・研究の第一人者として多彩な活動を展開している久元祐子。2016年から始まったソナタ全曲演奏会シリーズでは、ソナタ以外の作品や他の作曲家の作品も織りまぜ、様々な角度からモーツァルトの魅力を探求している。
第5回目となる今回のテーマは、「ハイドンとモーツァルト」。冒頭のハイドンのピアノ・ソナタ第23番とモーツァルト19歳の作品K280を並べて聴くのは、実に典味深かった。同じヘ長調の明るい曲想を、繊細なニュアンスに満ちた透明感のある音色で生き生きと奏で、モーツァルトのハイドンに対する敬愛の念、二人の作曲家の個性の違いを感じさせた。即典的な装飾音、弱音の表現が美しく、ウィーン古典派の典雅な世界に惹き込まれる。続いてハイドンの鍵盤作品の最高傑作とも言える最後のソナタ第52番。第1楽章の重厚な和音のテーマから華やかな響きを操り、壮大なスケールの演奏を繰り広げた。
後半は、モーツァルトのK570とK576。若き晩年の天才作曲家の最後の2曲のソナタには、天国に向かっていくような突き抜けた明るさがあふれている。柔軟なタッチから生み出される色彩豊かな音色で、モーツァルトが最後に見た世界が鮮やかに描き出された。アンコールは、モーツァルト〈グラスハーモニカのためのアダージョ〉K356 、そして、日本・オーストリア友好150周年にちなんで、J・シュトラウスU世〈酒・女・歌〉。ベーゼンドルファーモデル280VCのウィンナー・トーンを遊ぴ心いっばいにエレガントに響かせ、コンサートを締め括った。
終演後のインタビューで久元は、「今回は、ハイドンがモーツァルトに与えた影響、二人の作曲家が最後に到達した世界の違いを浮き彫りにしようと思いました。このシリーズの第2回から使用しているベーゼンドルファーモデル280VCは、ベーゼンドルファーが長年培ってきた木のぬくもりを感じさせる美しいウィンナー・トーンの伝統を受け継ぎつつ、音の立ち上がりが速く、モーツァルト時代のフォルテビアノのような繊細さ、軽やかさ、音色の透明感を持っています。ダイナミック・レンジの幅も広く、コンチェルトを演奏する時には、オーケストラの音に埋もれず、輪郭のはっきりした優美な音色で歌い、バワーを発揮してくれます。演奏者の想いを敏感に受けとめてくれる楽器だと思います。来年はこのシリーズを休み、ベートーヴェン・イヤーに合わせて「モーツァルトとベートーヴェン」をテーマにしたリサイタル(2020年11月12日 紀尾井ホール)を開備しますが、その際には、「280VC ビラミッドマホガニー」を使用します。マホガニーの木目を生かした美しい名器で、木のエネルギーや自然の風合いを直に感じながらモーツァルトとベートーヴェンを演奏するのが楽しみです」と語った。 ショパン 2020年1月号
- ピアノの本No.268 MusicTopics
- 《久元祐子モーツァルト・ソナタ全曲演奏会vol.5》
ベーゼンドルファー280VCで奏でる
伝統のウィンナー・トーンとダイナミックな音色
モーツァルトの演奏・研究で高い評価を受けている久元祐子さんが、2016年1月からスタートさせた「モーツァルト・ソナタ全曲演奏会」の第5回目が、10月27日、サントリーホールブル―ローズで開催されました。毎回、モーツァルトのソナタ以外の作品や他の作曲家の作品を織りまぜ、多角的な視野でモーツァルトのソナタの魅力を紐解いているこのシリーズ。今回は、「ハイドンとモーツァルト」をテーマに、ハイドンがモーツァルトに与えた影響、2人の作曲家の晩年の作風の違いを浮き彫りにするブログラムを、ペーゼンドルファー280VCの繊細かつダイナミックな音色で楽しませてくれました。
前半では、ハイドン《ピアノ・ソナタ第23番》とモーツァルト19歳の作品《ピアノ・ソナタKV280》を対比させ、若き日のモーツァルトのハイドンを敬愛する心情を、繊細なアーティキュレーションと透明惑のある音色で清々しく表現。読いて、ハイドンの鍵盤作品の最高傑作とも言える《ピアノ・ソナタ第52番》を、出だしの重厚な和音から華やかで充実した響きを駆使し、壮大なスケ―ルの演奏を構築しました。
後半は、モーツァルトの《ピアノ・ソナタKV570》と《ピアノ・ソナタKV576》。この最後の2曲のソナタは、清澄な音楽世界で遊ぷモーツァルトの魅力にあふれた作品ですが、久元さんは柔軟なタッチでペーゼンドルファー280VCから色彩豊かな音色を生み出し、モーツァルトの晩年の境地を鮮やかに描きしました。深い感動に包まれた聴衆からの拍手に応えて、アンコールは、モーツァルト《クラスハーモニカのためのアダージョKV356》、そして、日本とオーストリアの修好150周年にちなんで、ヨハン・シュトラウスU《酒・女・歌》。ウィンナー・トーンならではの遊び心に満ちた優雅な演奏で、コンサートを締めくくりました。(森岡葉) ピアノの本No.268 MusicTopics
コンサート批評 2018 へ
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