久元 祐子 ピアノ・リサイタル 2022 年 11月23日(水・祝) 14:00 サントリーホール ブルーローズ Program note
ロンド ニ長調 KV485(1786年) 同時期に作曲されたオペラ《フィガロの結婚》の序曲を思わせるような雰囲気で、ニ長調の明るく軽やかな主題が、転調を繰り返しながら出現します。この主題はモーツァルトお気に入りのモチーフだったのでしょう。前年に作曲された《ピアノ四重奏曲ト短調KV478》の中にも使われています。
ロンド イ短調 KV511(1787年) このロンドは、ニ長調のロンドとは対照的に、深い哀しみの主題が8分の6拍子で紡がれます。半音階を伴う繊細なロンド主題は、ヘ長調とイ長調のエピソードをはさみながら、再現するたびにリズムや装飾が変化します。光と陰の交錯が見事な音の綾を織りなす静謐な世界です。
ピアノ・ソナタ ヘ長調 KV533/KV494(1788年) 1787年暮れに宮廷に雇用されることになったモーツァルトは、この曲の出版に際し、その肩書を誇らしげにタイトル頁に記しています。当時の皇帝ヨーゼフ2世が好んだ対位法的な手法を用い、複雑な世界を創り上げました。 曲は、新たな地平に立つモーツァルトの野心とエネルギーに満ち溢れています。4分の4拍子ヘ長調の第1楽章は、3つの主題が対位法的に組み合わされ、緻密な構造で出来上がっています。 穏やかなテーマで始まる変ロ長調の第2楽章は、不協和音と揺れ動くハーモニーによって緊張感を孕みながら曲が進みますが、最後はそよ風のようなアルペジオと安らぎの響きで閉じられます。 それに続くヘ長調の第3楽章は、2年前に作曲していた《ロンドKV494》をモーツァルト自身が改定したものです。もともとのチャーミングなロンドに、この曲の最後を締め括るにふさわしいフィナーレが加筆されました。ロンド主題が対位法的に積み重ねられ、エネルギッシュなカデンツァが挿入された後、最も低い音域(当時のフォルテピアノの音域は5オクターヴ)でロンド主題が現れ、ピアニッシモで曲が閉じられます。
ピアノ・ソナタ ハ長調 KV545(1788年) モーツァルトの全ソナタの中で最も親しまれ、愛奏されてきたソナタです。第1楽章は清明なテーマが呼びかけあうように始まり、流れるようなパッサージュの後、ト長調の軽やかな主題が軽やかに飛翔します。ト短調に始まる嵐を経て、もとの平安の世界に戻る優雅な楽章です。 第2楽章はオペラのアリアを思わせる歌心溢れる主題が、ト長調、ニ長調、ト短調で静かに紡がれていきます。 第3楽章は小さなロンド。軽やかな主題が右手と左手交互に現れます。
幻想曲 ハ短調 KV475 (1785年) ピアノ・ソナタ ハ短調 KV457 (1784年) モーツァルトが残した18曲のピアノ・ソナタの中で短調のソナタは2曲のみ。そのうちの1曲です。弟子のテレージア・フォン・トラットナー夫人に献呈されおり、この作品のドラマティックな世界はベートーヴェンにも大きな影響を与えました。 当時、「ソナタ」の前奏として「幻想曲」が演奏されることも多く、今夜も《幻想曲KV475》と《ソナタKV457》を続けて弾かせていただきます。オペラ《ドン・ジョヴァンニ》の終盤、主人公が地獄に落ちる不吉な場面を連想させるようなアダージョで始まり、変幻自在に様々な場面が現れます。 続く第1楽章は緊張感に満ちたハ短調の上昇音型の主題で始まり、たたみかけるようなモチーフ、和音連続、半音階的なモチーフなどで展開されていきます。 その激しい嵐を静めるかのように、第2楽章では美しい変ホ長調のアダージョが続き、安らぎと歌に満ちた世界が広がります。主題は登場するたびに装飾が加わり、モーツァルトの情感溢れる即興演奏を彷彿とさせます。 第3楽章アレグロ・アッサイで再びハ短調の劇的な世界に戻ります。フォルテとピアノの対比が激しい感情ドラマを形成し、鍵盤を縦横無尽に飛翔しますが、激流を一瞬で止めるフェルマータがしばしば現れ、曲をさらに劇的なものにしています。この楽章では両手が大きく交差する箇所があり、モーツァルトは出版する際に、交差の幅を狭くした弾きやすいバージョンも作曲していますが、本日はモーツァルトの自筆譜に基づき演奏させていただきます。