リスト・イタリアへの旅 〜ピアノ作品に寄せられた言葉〜 2003 年 10 月 29 日 (水) 19:00 朝日生命ホール Program note
「巡礼の年第2年〜イタリア〜」から「婚礼」 「巡礼の年第3年」から 「エステ荘の噴水」 「巡礼の年第2年〜イタリア〜」から 「サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ」 「ペトラルカのソネット 第104番」 「二つの伝説」から 「波をわたるパオラの聖フランシス」 「小鳥と語るアッシジの聖フランシス」 「巡礼の年第2年〜イタリア〜」から 「ペトラルカのソネット 第123番」 「ダンテを読んで〜ソナタ風幻想曲〜」 ピアノ:久元 祐子
「巡礼の年第2年・イタリア」は、「婚礼」「考える人」「サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ 」「ペトラルカのソネット第47番」「ペトラルカのソネット第104番」「ペトラルカのソネット第123番」「ダンテを読んで - ソナタ風幻想曲」の7曲からなる。いずれもイタリアの絵画や文学からインスピレーションを得ている。 この7曲は続けて弾かれなければならないとする考え方もあり、確かにそうすると全体の構成や流れがよく見えてくるようにも思うが、私は絶対にそうしなければならないとも思わない。それぞれが独立した名曲であり、単独で弾かれるときに、それぞれの魅力が際だつようにも感じられるからだ。 第1曲「婚礼」は、ラファエロの名画「婚礼」にインスピレーションを得て作曲された。 調和のとれた構図の中に、5人の処女にかしづかれた清らかなマリアの姿が描かれ、高僧の手から指輪を渡されるマリアを中心に厳粛な喜びに満ちた雰囲気が伝わる。神に選ばれた結婚を祝福するかのような気品に満ちあふれている。 リストの曲の方も美しい弱音で始まるメロディ、2つのテーマの呼応、調和、響き合い、そしてクライマックスへの豊かなドラマが見事に現れているように思える。
「巡礼の年第2年・イタリア」の第3曲「サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ」は、この曲の中では唯一軽い、行進曲風の曲。サルヴァトール・ローザは、イタリア・バロック絵画で異彩を放っている画家である。 以下のカンツォネッタの歌詞が、ピアノ楽譜の中にも書き込まれており、あるときは、ソプラノのメロディラインに、またあるときは、バスのラインが、歌となる。 Vado ben spesso cangiando loco ma non so mai cangiar desio Sempre L'istesso sara il mio fuoco E saro sempre L'istesso anch'io saro sempre (私はよく場所を変える。しかし私には、いつも希望がある。 私は、いつも同じ存在だ。)(訳:ニコスさん) ロンドンのナショナル・ギャラリーに自画像があるが(上の絵)、その雰囲気は、リスト自身に似ていると言われる。 曲はおどけた雰囲気で始まり、歌詞の内容に符合するかのように、淡々と希望を持って同じリズムで歩むような曲想になっている。三部形式からなり、イ長調のテーマの間に挿入される嬰へ短調の中間部では、叙情的な旋律が、ソプラノ、バスによって呼び交わされる。
「巡礼の年第2年イタリア」には、ペトラルカのソネットが3曲、第47番、第104番、第123番が収められている。 フランチェスコ・ペトラルカ( 1304-74)はルネサンスを代表するイタリアの抒情詩人。その代表作「抒情詩集」の中には、ソネットと呼ばれる14行の定型詩が収められているが、今回は、第104番、第123番を弾かせていただく。 ニコスさんに、次のように訳していただいた。 第104番 平和を見つけられず、戦わなければならないわけでもなく 恐れながら望み 燃えるけれども凍りつき 空高飛び 地面に降り立つ 何物ももたず 全ての人を受け入れる 愛の神は、私を牢獄に入れる そこは開くこともなく 閉じることもない 引き止めることもせず 縄をほどこうともせず 殺しもせず 足かせを外すこともない 生きることを望まず 救い出すこともない 目がないのに見つめ 舌がないのに叫ぶ 死を望みながら 救いを求める 自分を憎み 他人を愛する 悲しみを生きる糧とし 泣きながら笑う 生も死も 私にとり同じくうとましい いとしい貴女が私をこのようにしてしまったのだ
「やっとメッシーナの灯台が見えるところに着き、カトーナの浜辺に到着した時、彼は一艘のシチリアへ樽板を運ぶ小舟をみつけた。彼は二人の連れと共にピエトロ・コローゾという船長のところへ行き、彼に言った。「お願いだから兄弟よ、私たちをあなたの小舟で島まで連れていってくれませんか?」しかし船長はこのように頼む彼が聖人であることを知らず、彼に船賃を要求した。彼がそれを持っていないと答えると、船長は「お前たちをのせる船はない」と答えた。 聖人に同行し、一緒にいたアレナの人々は、頼みが断たれると、船長に彼らのうちの一人は聖人であるのは確かであるから、この貧しい兄弟たちを船に乗せてほしいと頼んだ。すると船長は「もし彼が聖人であるのなら、海の上を歩いて奇跡を起こせ」と無礼きわまりない態度で答えた。そして彼らを残して浜辺を出発してしまったのである。 愚かな船員たちの不作法な態度に聖人は狼狽することもなく、いつも助けて下さる聖霊に励まさられて、少し連れから離れると、祈りながらこの苦境からの神の助けを求めた。それから連れのところに戻ってくると彼らに言った。 「息子たちよ、元気を出しなさい。神の恵みによって私たちは海を渡るための一番よい船を得ることが出来ました」 しかし、純粋で単純な修道士ジョヴァンニは他の船が見当たらずにこう言った。 「われらの父よ。船は行ってしまったのに何で渡ると言うのですか?」 すると彼は答えた。 「主はほかの良い、もっと安全な船をお与えになりました。それは私のマントです」 そして海の上にマントを広げた。修道士ジョヴァンニはほほえみ(なぜなら思慮深い神父パウロがこの聖人の予告する奇跡を疑っていなかったからである)いつもの無邪気さで言った。 「できれば私のマントを使って渡りましょう。私のは新しく、あなたのよりは継ぎはぎもありませんのでもっとみんなを支えることができるでしょう」 ついに我らの聖人がマントを広げ、神の御名において祝福すると、そのマントの一部が持ち上がって小さな帆のようになり、彼の杖がマストのようにその帆を支えた。彼は、彼の連れとともにこの奇跡の小舟に乗り出発した。 アレナの人々は唖然としてこのマントの船が海を急速に進むのを浜辺から見つめ、泣き叫び、まるで船乗りたちが船の上でするのと同じように手をたたいた。かの忘恩な船長は、彼の頼みを拒否したことへの赦しを求め、自分の船に乗らないかと誘った。しかし神は、彼の聖なる御名の栄光の為に我々の聖人に、大地や火を従わせただけでなく、海まで服従させた。また船長の誘いを無視させ、小舟よりも早く港に着くようにさせた」
2003.5.31 へ