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- 川の合流点
- モーツァルト一家は、ハイデルベルク、マンハイムを経て、8月3日、マインツ(Mainz)に到着しました。
マインツは、マイン川とライン川の合流点にあり、今日では、ラインライト=プファルツ州の首都で、ライン川下りの起点になっています。川の対岸は、ヘッセン州の首都ヴィースバーデンです。
レオポルトは、大司教の館から、川の合流点や葡萄畑、果樹園、畑、周囲の集落が見えた、と記しています。
この街は、15世紀半ばに、グーテンベルクが鉛による活字を発明し、凸版印刷を始めたことで有名です。
モーツァルト一家は、いったんフランクフルトに行き、また、マインツに戻ってきます。当時は、フランクフルトとマインツの間には、毎日、人や物資を運ぶ船が運航されていたようです。
マルクト広場(右上の写真)は、モーツァルトの時代の名残をとどめています。
- 大聖堂
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マインツは、大聖堂のある街としても知られています。
マインツ大司教は、神聖ローマ皇帝の選挙権を持つ有力な大司教で、皇帝の選挙に当たって長い間大きな役割を果たしました。ザルツブルクの大司教と同じく、世俗の世界も支配する聖職者で、ライン川両岸を含む広大なマインツ大司教領を領有していました。
大聖堂 (左の写真)は、オットー朝時代にいったん完成した後、大規模な改築が行われています。戦時中に破壊され、戦後に再建されました。
モーツァルト一家がマインツを訪れたとき、大司教は重い病気にかかっていたため、コンサートは大聖堂ではなく、貴族の館で行われたようです。
活版技術の発明者、ヨハネス・グーテンベルク(1397−1468)はマインツに生まれました。
マインツにあるグーテンベルクの博物館には、当時の印刷技術を復元した工房もあります。世界最古の出版物とされるグーテンベルク聖書も展示されています。
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