ヴァルター・ワールド

先月末のコンサートで1000人近いお客様の前でスタインウェイのフルコンを鳴らした翌日から、ワルターのフォルテピアノにのみ触れいている毎日です。

現代ピアノで仕上げ、コンサートにかけた曲でも、フォルテピアノで弾くときは、指使いも微妙に違ってきますし、ディナーミックなどの表現も変わってきます。
たとえば、現代ピアノなら黒鍵と黒鍵の間を通って次の音を弾くことは容易ですが、鍵盤の幅が狭いので、その手を使うことは出来ませんし、親指で黒鍵を弾いたりすると現代ピアノでは感じない”コブ”が目立ってしまいます。
またピアニッシモも虫が鳴くような微細な音量が可能なので、ダイナミックレンジの幅をうんと広げることができ、別の意味でダイナミックな演奏が可能です。
そういった、現代ピアノとの違いを楽しみながら弾いています。

FからFまでの5オクターブしかない音域の楽器の前に腰掛けると、自分がガリバー旅行記の大男になったような気分です。
おそらく巨人症で13度(CからG)まで届いてしまったラフマニノフは、現代ピアノの前でこんな気分で弾いたのかもしれません。

メンタルな面でもいろいろ変化がありました。
繰り返すときに、自然と何かしたくなるのです。鍵盤に鉛の錘が埋め込んであるスタインウェイの半分しかない重さの鍵盤、そして半分しかない深さ
。いろいろな面で遊ぶ余裕ができてくるからかもしれません。
逆に、ハンマーも小さく張力も弱いため、スタインウェイ的大音量が不可能な分、いろいろなデリケートな表現をしたくなるのです。

そして、ピアノを弾かない人が触っても「そうかなぁ?」と言われてしまうのですが、ヴァルターは、指先の皮膚にビリビリと振動が伝わってきます。
指が直接弦をつまびいているような感覚になるのです。
最初、微電流を通した何かに触れているようでくすぐったい感覚がありましたが、最近、それに慣れて、微細な変化を感じ取ってすぐに小さなハンマーに伝えてくれるこれらの鍵盤たちがいとおしくなってきました。

モーツァルト時代にタイムスリップし、ヴァルター・ワールドにどっぷり浸りきった1週間でした。
明日から、この美しいヴァルターの世界を音に残します。
録音装置もマイクもない時代の音をいかにCDという現代機器に残すのか・・・。
今回のプロジェクトのスタッフの皆様、どうぞよろしくお願いいたしま~す。

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