「待つ楽しみ」

前期授業が終わり、大学が夏休みに入りました。緊急事態宣言があけてから対面レッスンを行ってきたわけですが、そんな大学としての取り組みがテレビの報道番組でも紹介されました。

ただ、公開講座、フェスティバル、社会人対象夏期講習会などの催しのほとんどは中止となりました。
私個人も4月23日に住友生命いずみホールで緊急事態宣言発令の直前に演奏会をさせていただいて以来、演奏会や講座の延期、中止が続いています。
その演奏会は、音楽学の堀朋平さんと一緒のステージ。「モーツァルトの楽園」というタイトルでした。パンデミックの先に、このモーツァルトの緩徐楽章のような美しい世界が広がりますように、、、という願いを込めて最後の曲を弾いたのですが、状況は依然として変わりません。

手帳は✕や→のマークがいっぱい。移動などの時間がなくなったので、その分勉強ができるとは言え、濃密な空間と時間を共有しながら音楽に耳を傾けてくださってきたお客様に感染予防の観点から「中止」のお知らせをするのは、せつなくやるせない思いです。せっかく予定してくださっていたのに、申し訳ありません。この場をお借りして心からお詫び申し上げます。「今回は残念だけれど、待つ楽しみができた」「次の予定が決まったら必ず教えて」という優しい励ましのお声に、感謝の気持ちでいっぱいです。

音楽高校の頃から「いただいた仕事を一度キャンセルしたら次は無いものと思え」という教育を受けて育ちました。
マルタ・アルゲリッチやミケランジェリなど天才ピアニストの中には、「キャンセル魔」もいましたが、そういう別格の人は別として、何があっても本番に穴をあけない、という信条でやってきました。
これまで「ハードスケジュールにしないで、キャンセルしたらいいじゃない」という母の説得を無視してツアーに出かけたり、家族の葬儀の直後にリハーサル会場に直行したこともあります。

ところが、この感染状況の中、今回初めて8月15日のイベントを私の方から主催者さんと相談し「中止」の決断をさせていただきました。会場自体は、充分に感染対策をしておられる場所ですから、きっと他の催しはこれまで通り行われるかもしれませんし、文化の火を絶やさないことは、すべての音楽家にとって何よりの命題なのです。
しかしそれでもなお、この時期、県をまたぐ往復、公共交通機関での移動、人が集まることのリスク等々考えると、「絶対安全です、安心していらしてください!」とは言い切れないように思ったからです。

温かいベーゼンドルファーのウィンナートーンを共有するはずでした。実現の暁には、さらなる温かい響きで空間を包み、皆さまと共有したいと思います。

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