ゴットリープ・ヴァリッシュさんのリサイタル

ウィーンの伝統、ということで思い出したのが、ゴットリープ・ヴァリッシュさんのピアノ・リサイタルです。6月24日にトッパンホールで行われました。
ウィーンが生んだ「現代の神童」、ウィーンの伝統を受け継ぐ天才ピアニスト、というキャッチフレーズ。けれど、どういうわけか、プロフィールの一番最後には、「スタインウェイ・アーティスト」の一言。

ウィーンに行ったとき、楽友協会の中にあるベーゼンドルファーのショールームでスタッフの方と雑談したのですが、ベーゼンドルファーを弾かないアーティストのことは、ほとんど知らないし、面識がない、ということでした。
ウィーンを代表する楽器であるベーゼンドルファー。
外を通らないで、楽友協会のステージに出ることができるベーゼンドルファーの練習室がありながら、そこには、ある意味、ピアノの壁があるのだと痛感しました。

ゴットロープさんの演奏もいかにも現代のスタインウェイを轟かすタイプの演奏で、ベーゼンドルファーを愛用するアンドラーシュ・シフやウィーン3羽ガラスの一人、バドラ・スコダ氏らとは対極にあるようなスタイルでした。国際コンクールの本選に残るタイプのパワーを持ち、派手な演出は伴わないまでも強い音量とスピードを目指した練習成果を発揮する、というふうに見受けられました。
そんな彼にとっては、「ウィーンのモーツァルト」というCD曲目より、もしかしたらロシアもの、たとえば、ストラヴィンスキーなどのほうが、性に合っているのでは・・・と感じました。

モーツァルトのKV332のピアノ・ソナタでは、第3楽章、小気味よいテンポで音楽が進み、安定したテクニックが華やかに展開し、第1楽章のミスタッチなどを挽回。
シュタインのピアノに惚れ込み、ヴァルターの楽器でウィーン時代の名作を残し、死ぬまでクラヴィコードを愛したモーツァルト。
そんなモーツァルトの音世界とは一線を画した、まさに「現代のモーツァルト」でした。

ウィーンでも新しい世代は、ピアノの面でも「伝統」に縛られず、アメリカに目を向け、スタインウェイを鳴らし、コンクールに次々に出場していく時代なのでしょう。

のんびりとした、ある意味、非能率的なまでの手のかけようより、安定性とハイクォリティ、スピード表現、強大なパワーなど現代のピアニストが求める要素を持ったピアノを選び、ウィーンの伝統とはまた別の世界で自己実現を目指すのだ ― ステージを退場する大柄なヴァリッシュさんの後ろ姿に、そんな決意が見えるような気がしました。

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