雨の日の《雨の歌》

梅雨入りとともに、春蝉の鳴き声が聞こえ始めました。
雨がしとしと降る中、奥蓼科のサロン「智源山房」で、ヴァイオリンの永峰高志先生とCD『ロマンス』のお披露目会。

最初に永峰先生が普通のヴァイオリンと名器ストラディヴァリウス「ヨアヒム」の弾き比べ!「どちらがストラディヴァリウスでしょう?」というクイズ。耳の良い人に限って深読み?!し過ぎて外れてしまうという結果に。普通のヴァイオリンも名手が弾くといい音に聴こえてしまうことが判明しました。

エルガー「愛の挨拶」に続いてベートーヴェンの《スプリング》。田園シンフォニーと同じくヘ長調で書かれているヴァイオリン・ソナタ第5番です。のびやかな旋律、時折顔を見せる過激なアクセント、ユーモアにあふれたリズム、小川が流れるがごとく自然な音型・・・。ベートーヴェンの魅力が詰まっています。
休憩を挟み後半は、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番《雨の歌》。

演奏に先立ち、三瓶愼一先生と宮谷尚実先生の素敵な朗読コーナー!

このコーナー実現の経緯は・・・。前日のリハーサルで《雨の歌》作曲時にブラームスがシューマンの未亡人クララに宛てた手紙が話題になりました。ブラームスが名付け親だったシューマンの末の息子フェリックスが若くして病で亡くなり、ブラームスは慰めの手紙とともに、美しく装丁した第2楽章冒頭頁をクララに送っています。曲は鎮魂の想いが溢れた第2楽章に続いてかつてクララの誕生日に贈った歌曲《雨の歌》の旋律を使った第3楽章が続きます。まるで雨の音が悲しみを慰めるかのように・・・。「この曲を弾いていると個人的な思いが伝わってくる」と仰る永峰先生とともに、是非その手紙を演奏前に紹介しましょう、ということになったのです。そしてどうせならプロのドイツ語の発音で聞けたら最高!なんてことになり、恐る恐る朗読と通訳を同僚の宮谷先生にお願いしたところ「すっごい無茶ぶり、どしゃ降りより怖い~!」というお返事が。。。

けれど、その無茶ぶりにもかかわらず、ご主人の三瓶先生がヨハネス・ブラームス役(ドイツ語)、宮谷先生がクララ役(日本語訳)で実際に手紙を封筒に入れて・・・という凝った演出のもと、ブラームスとクララの親愛なる情感を見事に表現してくださいました。かつてミュンヘンに留学されておられた三瓶先生ですので、バイエルン出身のヨハネス、ということになりますが、温かく力強い声の朗読に、永峰先生もお客様もじっと聞き入り、私もピアノの前で思わず涙がこぼれそうになっていました。

美しい才女クララ役にぴったりの宮谷先生ですが、クリスチャンネームもなんとクララだとか。本物のクララということがわかりました。

19世紀のサロンでは、即興演奏の合間に詩の朗読や寸劇があったそうです。サロンで朗読、、、という夢が思いがけず叶い、お二人に大感謝です。

「森を眺めながら聴くベートーヴェン、素晴らしい朗読!ブラームスの友人ヨアヒムの名器で味わうブラームス!滑らかで柔らかな美音のヴァイオリンとベーゼンドルファーの奥深い響き。生涯忘れない思い出になるでしょう。」と尊敬するドイツ文学者、田辺秀樹先生のお言葉を賜り、出演者一同、光栄なひとときとなりました。親密な空間の中で、親しい皆様とともに、雨の日のロマンスがゆっくり過ぎた午後でした。

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