ウィーンに六段の調 

ホテル・オークラ別館で行われた、サントリーホール主催の〈音楽のある展覧会〉に伺ったのが2019年のこと。ベーゼンドルファーなども含め、ウィーン楽友協会の貴重な資料が展示された見ごたえのある展覧会でした。その折『ウィーンに六段の調』〈ブラームスと戸田伯爵極子夫人〉という絵画が展示されていたのはなんとなく記憶にあるのですが、「こういうシーンが本当にあったのかしら?それとも想像上のことかしら?」と思ったきり、そのままになっていました。

この展覧会開催のはるか前から、この絵に「突き動かされ」取材を重ねてこられたのが、『ウィーンに六段の調』(中央公論新社)の著者、萩谷由喜子さんです。女性音楽史研究・音楽家評伝を手掛けてこられた萩谷さんのアンテナにピタッとはまった守屋多々志画伯の絵画は、この本の美しい表紙にもなっており、紫のドレスの色が本の帯にも装丁にも生かされています。

この日本画が院展に出品された1992年から遡ること130年余。岩倉具視の娘として生まれ、最後の大垣藩主・戸田伯爵に嫁いだ極子の人生が華麗な絵巻物の中に描かれた本書。時は明治維新前夜、蟄居の身となった父、岩倉具視が暴徒に襲われる場面から始まります。

ウィーンで、外交官夫人極子が家庭教師に招いたピアニストのボクレット、神戸の居留地で演奏会を開いたヴァイオリニストのレメーニ、ボクレットから『日本民族音楽集』を受け取ったブラームス、、、。様々な糸が縦横に絡みあい、クライマックスは、ブラームスの前でお筝を弾じる極子のシーン。

後半では、西洋音楽受容の黎明期に活躍したピアニスト小倉末子らも登場。
その後、関東大震災があり、晩年を牛込若松町で過ごした極子夫妻。

私は大学生の頃から若松町に暮らしていたので、頁を捲りながら懐かしい町名に嬉しくなりました。
ブラームスが書き込みを入れた「ROKUDAN」の楽譜を手に、どのあたりに戸田伯爵本邸があったのか、いつか歩いてみたいと思っています。

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