さよならクルベローヴァ

東京文化会館でのウィーン国立歌劇場、「アンナ・ボレーナ」。
今回は、グルベローヴァの日本引退公演、ということで会場は超満員。「チケット買います。」「どなたか売ってください」などの札を持った人も上野駅前に出現。
会場はいつになく興奮が高まっていました。

グルベローヴァを軸に、若手も好演。
売れっ子ルカ・ピサローニのエンリーコ8世は、思いのままに次々に妃を変える王の姿を好演。同時に、アンナが実はパーシー卿と秘密に結婚していたという事実を知り、動転する場面も胸に迫るドラマがありました。
ドニゼッティの音楽は、序曲から明るく生き生きとしていて、指揮のエヴェリーノ・ピドのタクトのもと、実に軽やかに音楽が流れていきます。愛で結ばれている二人、エンリーコ8世とジョヴァンナ、アンナとパーシー卿には、溶け合うような二重唱が用意されています。二人でスケールをかけあがるようなデュオで愛の二重唱を繰り広げます。すでに心が離れてしまっている者同士、エンリーコとアンナは常に、互いに言い合うような流れになっており、わかりやすい音楽です。

高音が出るか出ないか、に最大の関心が行ってしまうような音楽の書き方には、自分としてはちょっと違和感を感じることもあり、言葉の内容と音楽がピタッと一致しているモーツァルとなどを聞きなれていると、
「絶望を歌う場面で、なぜこんなにコロコロと長調で音階を駆け巡らなければならないのか?」
という気分になってしまいます。

けれど、グルベローヴァの最後のシーン、錯乱状態の演技は、まさにこの世のものと思えないような熱唱でした。消え入るようなピアニッシモから高音フォルテッシモのラストまで、かたずを飲んだお客さんたちが静まり返り、まさに神業としか言いようのないアリアを披露。
自分として、ここで終わりにしよう、と決意したものが、彼女の肉体の中にあるのかもしれませんが、これだけのアリアが歌えるうちに、キャリアにピリオドを打ったグルべローヴァに、ファンから惜しみない拍手が送られました。

終演後は、楽屋口にサインを求めて長蛇の列でした。
ピアニッシモの美しさを耳と心にとどめながら、会場をあとにしました。

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