フェニーチェ歌劇場『オテロ』

夕方6時。
渋谷オーチャードホール前には、高級車が次々に止まり、華やいだムードが漂います。
イタリア語も飛び交い、イタリア・オペラの最高傑作のために集まったオペラファンたちの期待でテンションが上がってくるのを感じます。

ヴェルディ生誕200年の今年、東急が招聘。
チョン・ミュン・フンの指揮、フランチェスコ・ミケーリの演出。

昨年、ロヴェレート国際モーツァルト音楽祭に招かれてリサイタルをさせていただいた翌々日、ヴェニスに立ち寄り、フェニーチェ歌劇場で「リゴレット」を鑑賞してきたことを思い出します。
全焼した後、まさにフェニーチェ(不死鳥)のごとく再建された歌劇場。幻想的なヴェニスの街の一角にあるオペラ劇場でした。メトロポリタンのような大きさはありませんが、歌い手をまじかに感じることができる素敵な雰囲気でした。

今回は、オーチャードホール。
おそらくフェニーチェより声を通すのは難しいホールではないかと思うのですが、アメリカ出身のグレゴリー・クンデ(オテロ)の黄金の声が響き渡ります。芯があり、ドラマがあり、艶がある声が会場を熱狂に包みました。
最高司令塔、チョン・ミュン・フンのタクトは、オーケストラ、歌い手、すべてを掌握し、後ろ姿を見ていると会場すべての空気までを支配しているかのようでした。
タクトの動きは、明晰そのもの。はまる場所にピタッとはまっていく指揮は、見ていて気持ちがすくような快感です。繊細な表現とドラマティックなクライマックスへの高揚、音色の使い分けなど、歌手と楽器を知り尽くしたマエストロにより、ヴェルディ・ワールドが繰り広げられました。
体の中から沸き起こるような情念を見事に創出していました。

ふだんオペラ指揮者は、オーケストラピットから頭の上が少し見えるくらいなのに、今日は、背中まで見える高さに指揮台が設定されており、指揮も楽しめるオペラ。
オペラファンにとっては、指揮者の動きが見えすぎるという位置ですが、休憩時、トイレで聞こえてきた会話は、「オペラが邪魔だわ。指揮が見にくい。。。」
という驚き発言でした。チョン・ミュン・フン様の熱狂的ファンと思われます?!

死神や幽霊も登場する演出ですが、色彩がとにかく美しく、幻想的な舞台です。
デズデーモナ(リア・クロチェット)の部屋が回り舞台になり、美術の国イタリアらしい色使い。オテロのベルトにはフェニーチェの獅子模様。こまかなところにまで神経が行き届いた美術、衣装。

チョン・ミュン・フンがカーテンコールで舞台に上がるとひときわ大きな拍手とブラボーの嵐。オペラグラスで見ていたところ、突然、レンズが真っ黒に。スタンディングオーベーションなさった前列男性のお尻でした。
声のための声による声のオペラ「オテロ」。
シェイクスピアの人間ドラマとヴェルディの声の芸術を堪能した一晩でした。

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