黎明期のピアノ

20140603ジョン

6月3日、サントリーホール(ブルーローズ)で、国立音楽大学 楽器学資料館 ピアノ・プロジェクト
「黎明期のピアノ ~パリ、ウィーン、ロンドンの名器たち~」が開催され、歴史的ピアノ3台を演奏させていただきました。使用楽器は、1820年ごろ制作のシャンツ、ブロードウッド、そして1848年制作のプレイエルです。

ピアノのコンサートでは、鍵盤(指)が見える側のお席が人気なのですが、楽器の特性上、音的には、逆側の方がよく響きます。そのため最も音量の小さいシャンツを ステージに向かって左側に置くことにしました。

そのシューベルト時代のシャンツで「ウィーンの淑女たちのレントラー」を弾き、コンサート開始。
ウィーンの古き佳き時代の香りが残るシャンツは、「ウィンナーアクション(跳ね上げ式)」で5本のペダル付きです。わずかな動きやひそやかな弱音もすくいあげてくれる「ウィンナーアクション」は、弾き手にとって快感です。
繊細なアクションの向こうから乾いた透明感のある音が跳ね返ってくる感じでした。

続いて手前のブロードウッドでベートーヴェンのピアノ・ソナタ作品110を演奏。
ベートーヴェンが47歳の誕生日に贈られ 最後の3つのソナタを作曲したときに使ったブロードウッドとほぼ同型のピアノです。

ダンパーペダルが左右に割れていて低音と高音を踏み分けられるようになっています。第3楽章フーガでベートーヴェンの自筆譜には「右手をピアノ、左手をフォルテッシモ」で弾く指示が書かれた箇所があります。今回は、その自筆譜の指示に基づき、73小節から81小節でダンパーペダルの左側半分を使いました。
この時期のブロードウッドでこそできる表現です。

現代ピアノに比べれば音量は小さいのですが、「ウィンナーアクション」の後に弾くと「イギリス式(突き上げ式)アクション」の重厚さと力強さを感じます。特に低音は、ズシンとした手ごたえがあり、第1楽章の展開部左手が波のように突き上げる箇所は、楽器が自ずと語ってくれるようでした。

20140603カミーユ

上の写真は、後半のプレイエルです。ショパンの夜想曲、ワルツ、マズルカ、ファンタジーを演奏。第2響板付きとはずした状態の聴き比べもしていただきました。

シングルエスケープメントの機能しか持っていないプレイエルは、同音反復のとき鍵盤をもとの高さまで戻さないと次の音をタッチできません。自分のプレイエル(1843年製)を何年も弾いてきていますから理屈でも経験でも知っているのですが、現代のピアノ弾きとして何十年も弾いてきて指に沁みこんでいるダブルエスケープメントの癖でほんの一瞬でも早い同音反復を弾いてしまうと楽器はついてきてくれません。テクニカルな箇所をちょっとでも調子に乗ってテンポを速くしてしまうと楽器がそっぽを向いてしまいますので、150年前のプレイエルにタイムスリップしたタッチを要求される楽器です。

けれどショパンの愛したピアノからは、性能、音量、スピードといったメカニックな弱点を超えて、ショパンの繊細な息遣い、心の内の声、ひそやかな叫び、不安と激情などの詩情が、色や香りとともに立ち上ってきます。

アンコールは、ショパンの「前奏曲 イ長調」をすべての楽器で演奏。
ショパンは、デビューリサイタルではウィーンの楽器を弾き、パリのサロンでプレイエルを弾き、晩年イギリスでは、ブロードウッドを弾きました。そんな人生に思いを馳せて弾かせていただきました。

パリ、ウィーン、ロンドンで生まれたピアノたち。
それぞれのピアノが強烈に異なる個性を持っていた時代があったことをあらためて実感した夕べでした。

楽器学資料館、ピアノプロジェクト。メンバー全員の心がけが良いせいで、搬出、搬入、クレーンを使っての大変な作業は、昨年も今年も晴天の中で行うことができました。天が味方してくれた?!演奏会です。
お世話になりました皆様おひとりおひとりに、心から御礼申し上げます。

昨年同様、早くに満員御礼になってしまいましたため、本番にいらしていただけなかった皆様、申し訳ありませんでした。

写真には、ものものしいマイクも見えますが、これは録音用マイクです。
大学創立90周年記念事業としての今回の催し、記録CDが公開されるかは未定ですが、
国立音大楽器学資料館(水曜開館)にお出かけいただけましたら幸いです。
3人の名器たちも皆様のお越しをお待ちしています。

コメント