さらば”楽の部屋”

楽

国立音大旧1号館にある3つの「楽」の部屋に通ってひと月半。いよいよ明日は「楽の部屋」ともお別れです。
この「楽」は、楽器のお部屋という意味のシールです

6月3日の演奏会に向け、以下の3台が調整のために運ばれたのが、4月中旬。

シャンツ(1820年ごろウィーンで制作)、
ブロードウッド(1820年ごろロンドンで制作)
プレイエル(1848年パリで制作)

楽器学資料館の「楽」シールが扉に張られ、3台それぞれが個室に入り、最終調整。
上の写真は、カミーユ・プレイエルのピアノが入院?!したお部屋。まるで病院で精密検査を受けるような待遇です。

「楽」という字が張られているのに、中では、”楽々”、”気楽”とはおよそ真逆の 気の遠くなるような作業が行われました。調整し終わった楽器を試弾し、不安定な場所、直っていない箇所をメモし、翌日また再調整、その繰り返しです。根気、判断力、体力、気力、そして何より楽器への愛情がなくては続かない作業。今回一人で3台の調整を担当された太田垣至さんに心からの感謝!です。

授業後、暗い校舎でたった一人、あえて電気を消して真っ暗な中で楽器たちを弾くこともありました。3台が全くタッチも幅も深さも違う鍵盤、見ることよりも感じることで楽器との距離が近づくように思えました。夜9時に大学を出るときには、楽器が他人のような気がしなくて「カミーユ、おやすみ!」「ヨハン、また明日ね・・・」と声をかけて扉を閉めました。

一緒に過ごした楽器たちとの時間は、私にとり、かけがえのない時間でした。200年近い年月の中で 戦火や天災を逃れ、残っているだけで奇跡ともいえる楽器たち。彼らの声が蘇る瞬間に立ち会えることの幸せを感じました。

ところで、楽器の修復には、2種類の考え方があります。
一つは、「演奏」を主体として考え、完璧な調整を目指すやり方。
もう一つは、「研究保存」にプライオリティーを置き、悪くなってしまった箇所、壊れてしまった部品のみを取り換えるやり方です。極力オリジナルの部品を残し、資料的価値のある当時の材料を残す、というコンセプトです。

国立音大楽器楽資料館の方針は、後者です。
なるべくオリジナルを残す、という考えですから、少々のことでは「取り換え」は行わず、部品交換を行うときは、できる限りオリジナルに近いものを使います。歴史的楽器は、当時の材料に極力近いものを使って修復することによって、楽器本来の個性を発揮してくれるからです。現代の材料を使ってしまうと、材料同士が喧嘩をし、調和が生まれないということかもしれません。

けれど、慎重に材料を選び、修復が行われたとしても、修復した箇所と修復されていない古い箇所では当然差が生まれます。私たち演奏家にとっては、ダンパーならダンパー、ハンマーならハンマーがすべて同じ状態にすべて取り換えられたほうが、タッチ、音色、デュナーミクのばらつきもなくなり、弾きやすくなります。修復された場所と古いままの場所が混じることによる不均衡もほとんどなくなるわけですが、資料的価値のために、あえてその方法はとられませんでした。

今回の調整の難しさは、そこにあったと思います。演奏会として成り立つ演奏をしなくてはならない、しかもオリジナルの材料は残さなくてはならない、その狭間で調整もご苦労されたことと思います。

明日早朝、サントリーホールに向けて3台出発!
縦の物を横にしたり、クレーンで吊るされたり・・・200歳近い彼らにとってはハードな一日になりそうですが、元気で無事に到着してくれるよう祈るばかりです。

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