静寂から音楽が生まれる

10年以上前のことですが、ザルツブルク郊外ガーベルクの山荘で、ウィーンの三羽烏の一人、イエルク・デームス先生の指導を受けた夏、静かな星空の下で先生から言われた言葉を時々思い出します。
「YUKO!ここで本当の静寂を学んで帰りなさい。」
その時心の中で思ったのは「レッスン中の先生の怒鳴り声さえなければ、ここは最高の静寂!!」

ようやく、最近になって、静寂を知ることは「間」を知ることであり、心のうちの平穏を見つけることでもあり、音楽の神髄に近づくことでもあると思えるようになってきました。

静かに思索を深め、静謐なピアニッシモと美音で空間を満たすピアニスト、アンドラーシュ・シフ氏の対談、エッセイをまとめた『静寂から音楽が生まれる』岡田安樹浩訳(春秋社)が昨秋発刊されました。
今年のお正月休み、主人と私がそれぞれに読書に耽っていたのですが、珈琲タイムに互いの本を見たら、なんと偶然同じ『静寂から音楽が生まれる』だったのです。
私は、大学の同僚であり、この本の訳者である岡田さんから購入。主人は神戸の本屋さんの棚で見つけて購入。入手ルートは違いますが、「新年早々、珍しく気があったね。」と盛り上がりました。

主人が読む本は、政治、行政、歴史、文化、芸術、伝記、推理小説、と多岐に亘ります。およそ私の理解をはるかに超えたジャンルのことが多く、タイトルの意味さえわからない時もしょっちゅうですが、2020年、初めて同じ本を同時に読む、という珍しいお正月でした。

この本は、2部構成。第1部は、対談で語られる「音楽と人生」。第2部は、シフ氏のエッセイが集められています。

ブダペストの綿密に作られた音楽学校のピアノ教育システムはまさに「楽園」で、名教師から無償でピアノ教育を受けることができた、という幸せなピアノ人生のスタート。
モーツァルトがキューピットとなったヴァイオリニスト悠子夫人との出会い、祖国との葛藤、イギリスへの移住、芸術的キャリアの発展について語られています。
第2部では、バッハに多くのページが割かれ、モーツァルト、シューベルト論が展開され、アニー・フィッシャー、ジョージ・マルコムら巨匠からの薫陶と影響など、率直な言葉で綴られています。

3月には、悠子夫人の通訳で、梶本音楽事務所社長のお宅での演奏とトークがネット配信されました。静かすぎるほどのお二人の語り口には、音楽と共通する「静寂」があったのが印象的でした。

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