ジョン・ケージ 50の言葉

ウィーン往復の飛行機の中で読了した「ジョン・ケージ50の言葉 ~すべての音に祝福を~」(アルテスパブリッシング)は、様々なことをあらためて考えさせてくれる本でした。
ジョン・ケージの名言50とそれにまつわるエピソードや解説を著者の白石美雪先生が述べておられます。ページを捲り、肌理の細かい優しい文章で包み込まれるうちに、知らず知らずのうちに、ケージの内面に導かれていくような感じがしました。1981年8月2日にケージと出会った白石先生は、「そこから人生が変わった」と著書の中で述べておられます。

空という日常と隔離された空間で、「音とは何か」「沈黙とは何か」「聴くとは?」「ピアノとは?」と自らに問いかける時間。
白石先生は、私にとり藝大の先輩でもあり、国立音楽大学教諭という面でも先輩です。お名前からして楚々としたイメージですが、その鋭い切り口と確固たる筆力に心から敬服しています。

先日もピアノリテラチュアのご講義の中で、ジョン・ケージの人となり、アメリカ現代の前衛音楽を丁寧にご紹介くださり、有意義な授業となりました。
有名なケージのピアノ曲《4’33″》は、ピアニストがピアノを弾かない「沈黙」の時間です。先生は授業の中でこの曲の3種類の楽譜を紹介。「時期を違えて異なる書法で書かれた楽譜は、作曲家の内面の変化を表す」と解説してくださいました。普段「大譜表」に囲まれ、その決まったスタイルの中で音を読み、音楽を捉えてきた学生たちにとって「楽譜とは何か」を考えるきっかけになったことでしょう。

1961年、一柳慧先生によるケージの《ピアノとオーケストラのためのコンサート》日本初演は、前衛作曲家たちに大きな衝撃を与え、伝統的な音楽観を打ちのめしたことはよく知られています。
そしてケージは、音楽のみならず、社会、教育、政治、禅、易経など多岐にわたって発言を続けていきますが、アメリカの進むべき道、あるべき姿を見通し、憂い、数々の提言をしていたことを本書で詳しく知りました。

ジョン・ケージなど多くの現代作曲家の作品を初演してこられた井上郷子先生は、神戸のご出身。国立音楽大学の図書館長も務められる中で活発な活動を続けておられます。図書館の季刊誌 PARLAND の巻頭言で井上先生は、ケージの「風景の中で」を紹介されています。響きの中に次の音がふっと浮かびまた溶けていく、それをよく聴けるかどうかで良い演奏かどうかが決まると述べておられます。

今年、私はピアノ科の専攻委員長の役を仰せつかっているため、先輩、同僚の先生方と一緒に、試験や演奏会のことなどピアノ科のあるべき姿を模索しています。今度の卒業試験では、ジョン・ケージを演奏希望の学生がおり、今年から初めて「内部奏法」(内部奏法用のピアノを用意)も可能となりました。

ウィーンの老舗楽譜店ドブリンガーでは、ジョン・ケージの楽譜があるか尋ねると「うちには、ケージは一切置いていません!」との答え。
来週は、国立音大の売店に寄って、同じく尋ねてみようと思っています。作曲科の充実した教育と、現代音楽演奏への斬新な取り組みでも知られる「くにたち」。
売店はわかりませんが、少なくとも図書館にはケージの楽譜、音源、著書が数多く収蔵されています。

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