皇帝ティートの慈悲

ニューヨークで上演されたメトロポリタン・オペラを映画館で公開、という試みが始まってしばらくとなりますが、オペラはやっぱりナマでないと・・・という抵抗があってこれまで一度も行ったことがありませんでした。
でもインタビューが面白いのよ!というオペラ大好きの友人に誘われ、ご一緒させていただきました。

今日の演目は、「皇帝ティートの慈悲」、モーツァルト晩年に書かれたオペラ・セリアの傑作です。
生の劇場での興奮とスリルと感動は、映画館では落ち着いたものになってしまいますが、かえって冷静に見ることができます。
管楽器がどう歌の旋律とからんでいるか、どの場面でどう調性が変わるか、など、モーツァルトの語法がいろいろ意識され、けれどDVDを見るよりもはるかに迫力があり、ナマとは別の楽しさがありました。

タイトルロールは、イタリアのテノール、ジュゼッペ・フィリアノーティ。
主役よりも輝き、ドラマの主人公となっていく英雄は、なんといってもセスト役のエリーナ・ガランチャです。
メゾソプラノが演じるズボン役。
愛する人のために皇帝暗殺計画の罪を犯し、皇帝の慈悲によって免罪となる、という役柄です。愛情と友情の狭間で揺れる苦悩のセストを、ガランチャの演技と声が、はりつめる緊張とともに迫ってきました。
インタビューで、彼女は、
「ズボン役をするときは、重心が低くなる。スカッとするわね。モーツァルトは、喉のマッサージのよう。いい状態の基本に返ることができる」
と語っていました。
最近、母親になったことで、さらに人間的な喜びが大きくなったということでした。一方で、
「万年睡眠不足ね。目の下のクマを隠すのが大変よ~!」
とケラケラ笑う陽気なスターでした。
たしかに幕間のインタビューが臨場感があって面白い!
ラトヴィア出身ということで、親近感がわきました。今度、ラトヴィア大使にお会いするとき、お聞きしてみよう・・・などと考えながら、インタビューの笑顔に見入りました。

そういえば合唱大国でもあるラトヴィアでは、ギドン・クレメルやヤンセンスなど優れた音楽家を輩出しています。ラトヴィアでの演奏会のあと街を散歩していたら、見事なアカペラの合唱が聞こえてきたので振り向くと、何と公園で歌っている地元の小学生!
うそでしょう!という音程の良さと歌心に驚愕したことがあります。

ケイト・リンジーのズボン役も安定した声とハンサムな容姿で、ブラボーが飛び、若手育成プログラムから巣立つ歌手の活躍が目立ちました。
悪女を見事に演じたバルバラ・フリットリのヴィッテリア。
モーツァルトの役は、劇の中で成長するのが特徴です。最初は、どうしようもないエゴイストなのですが、最後は自らの罪を認め、美しい王女となりハッピーエンド。
黒鳥のようなけばけばしい衣装からギリシャ神話のような白い衣装に変わり、演出も衣装も演技も、音楽とともに、ドラマに寄り添います。
ハリー・ビケットの指揮は、モーツァルトの軽やかさと上品さを際立たせ、知的なアプローチで歌手陣を支えていました。

人気プリマ、グラハムがインタビュアー。
歌手陣とのやりとりは、仲間同士の親密さがあり、歌手の本音をうまく引き出していました。
ドーネーションを呼びかけ、
「映画もいいけれどやっぱりナマに限ります。みなさん、メトに来てね!」
と、しっかりオペラファン獲得も忘れないマドンナでした。

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