「七十のピアノ習い」

先日の神戸新聞に「七十のピアノ習い」という74歳の明石市に住まわれる男性のエッセーが掲載されていました。
お嬢様に買ってさしあげたピアノが家に残っていて、思い立ってピアノを始められたこと、最初は通信教育で、音楽の知識が皆無であったのに、やり始めると結構面白く、次第に曲も難しくなってきた3年目で、近所のピアノ教室に通われ始めたそうです。

「発表会に出てください」
と、突然先生に言われ、懸命な練習の末、初めて衆人の前で演奏したにも関わらず成功!
ところが、万全を期して臨んだ2回目の発表会でまさかの悲惨な結果。

孫くらいの年齢の見知らぬ女の子に「あんな失敗をしてもまた出ますか?」と聞かれた。
「また出るでぇ」と答えられたそうです。
ピアノという魅力的な森に一度入ると、どんどん深いところに入っていくように思えます。

先日も、
「山登りをしているのだが、10代、20代、30代・・・と若いもんから順番に脱落していった、最後に残ったのは70代の我々だった!」
と、お元気な話を聞きました。
年を重ねると、作曲家の思いや社会のこと、そして時代の感覚など、若いときとはまた違う視点で音楽を見ることができるのかもしれません。
生活の忙しさから解放され、自分の楽しみのために自由に時間が使えるようになる中で、どのように時間を過ごしていくか・・・。

ピアノという黒い魔法の箱は、多くの宝のような時間をプレゼントしてくれる道具かもしれません。
300年以上続いてきたピアノの歴史の中で、どれほど多くの人が、この音に慰められたり、勇気をもらったり、夢を見たり、癒されたりしてきたことでしょう。
ピアノ教育は、エリート養成、コンクール入賞などのためだけにあるのではなく、身近なところで音楽を楽しむ方が一人でも増えるためにあるように感じる今日この頃です。

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