毎年恒例、秋のセレモア・チャリティーコンサートに出演させていただきました。
アルトの岩森美里先生、フルートの立川和男先生、ソプラノの大武彩子さんとの共演。
オープニングはベテラン立川先生のフルート「愛の挨拶」。エルガーが妻に捧げた愛の曲です。
これまで何度も弾いてきている曲ですが、楽器によって違う調で演奏する場合があり、それにより雰囲気が変わるのを実感します。
数年前ヴァイオリンの大関博明先生とご一緒させていただいた折には、ホ長調の「愛の挨拶」でした。
その方がヴァイオリンで美しく響く、という理由からです。ニ長調ですと開放弦が多く入ることになります。つまり左手の指で弦を押さえない奏法で音を鳴らすということは、その音にビブラートをかけることが出来ないのです。
平均率で調律された現代ピアノは、物理的にどの調でも音律の関係は同じことになりますし、ビブラートをかける、ということは構造的に出来ない楽器です。けれど、調によって、響き方が変わってくる管、弦とのアンサンブルを弾く際に生じる、それらの違いが、ピアノの伴奏をしていても大きく影響してくるように感じるのです。
続いて大武彩子さんのコロラテューラ・ソプラノの魅力を最大限に生かしたアリアとも言えるオッフェンバックの「ホフマン物語」から自動人形オランピアのアリアです。ゼンマイ仕掛けのお人形になりきり、前回よりもさらに高い音に挑戦。容姿、歌、知性、人柄、多くの素質を持った若き歌い手さんに会場の大きな喝采がおきました。
岩森美里先生は、二期会の「カルメン」初原語上演で、主役カルメンを演じられたそうです。ドン・ホセ役の歌手の方が、木製ナイフの刃が当たらないように刺すはずが、ホセになりきってしまわれ「憎きカルメン!」とばかり、グサ、グリっと先生のおなかを刺してしまい、痛かった・・・・というエピソードには、仰天。
また「蝶々夫人」のスズキ役のときには、泣いているうちに鬘が後ろにずれてしまい、オイオイ泣きながら逆に頭をボーンと振って元に戻した話には、会場大爆笑。岩森先生は来週の大学院オペラ公演指導の要として、指揮者の伴哲朗さんらと共に、本番に向け、ご指導にあたられています。
終演後、ポスター写真撮影を大急ぎで済ませ、新幹線に飛び乗り神戸に向かいました。静岡あたりで窓から富士山が見えたとき、フルートの立川先生からの電話です。「何か忘れ物かしら?」と思い、デッキに出ますと話題は「シャープ」のことでした。
今日のプログラムの最後の曲、林光さんの「七つの子」変奏曲の中で、「どうしてもピアノの音がひとつ違う感じがして家で自筆譜を調べてみたら出版楽譜にシャープが抜けていることがわかった」とのことでした。普通、本番が終わると「はい、終わり」と楽譜を棚に戻してしまうミュージシャンがほとんどです。音は響きとなって楽器から奏でられた瞬間、演奏家の手を離れ、必ず消えていく宿命ですので、演奏するまで全力投球、演奏したあとは、忘れる・・・というのが普通です。ところが、その納得がいかない音、たった一つのシャープであっても、気に懸けながら帰途に着き、自筆譜にあたる、というプロの基本姿勢を学び、尊敬の念を新たにしました。
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