ルチアーノ・ベリオ

国立音大音楽研究所のプロジェクト「楽譜を読むチカラ」
第7回「ルチアーノ・ベリオのセクエンツァ~超絶技巧を生み出す楽譜~」に伺いました。
 
イタリアの作曲家ルチアーノ・ベリオ(1925年~2003年)は、アメリカのジュリアード音楽院で教鞭をとったり、聖チェチーリア音楽院の学長を務めています。

今日は、1958年作曲のフルートのためのセクエンツァ、1976年~77年にかけて作曲されたヴァイオリンのためのセクエンツァVIII、1984年作曲のc管トランペットとピアノの響鳴のためのセクエンツァXの生演奏を続けて聴けるという貴重な機会でした。演奏は、フルートの大友太郎先生、ヴァイオリンの漆原啓子先生、トランペットの山本英介先生、ピアノの山内のり子先生。”超絶技巧”にふさわしい演奏家としてご登場くださいました。

セヴィリーノ・ガッツェローニによって行われたダルムシュタットの初演を、唾が飛んでくるような一番前のど真ん中の席で学生時代お聴きになったという大友先生が、説得力に満ちた演奏でスタートを切られました。

1958年の楽譜を見ると「この範囲をメトロノーム70で演奏せよ」などの指示がある一方、その中でそれぞれの音の長さが楽譜からはわからない、、、、ということが多く、大友先生も譜読みにご苦労されたそうです。ところが、80年代に入ってそういう不確定譜が書かれなくなり、その時代の趨勢に乗り、リバイスされた楽譜が1992年に再版されました。もとの不確定譜に慣れていたので、逆に読みにくかったとのことでした。

「そしてここに君の欲望が始まる。それは私の欲望の幻覚だ。音楽は欲望の中の欲望なのだ。」というベリオの詩を思わせる音の渦が空間に広がりました。

続いて漆原啓子先生による演奏。妹朝子さんから楽譜を借りて今回初めて弾かれたそうですが、1つの音を2つの弦で弾いたり、ねじった指の使い方をしたり、①から⑥までの音型を順不同に演奏したり、異なる種類のミュートを使う指示に初めて遭遇したり・・・という戸惑いや難しさをお話しくださいました。不確定要素の楽譜によって、演奏者によって違う演奏が生まれます。「CDを聴いても皆違っていて困った」とのことでした。

最後のc管トランペットとピアノの響鳴のためのセクエンツァXは、ピアニストが舞台に登場するのですが、一切音を出しません。鍵盤を音がしないように押さえたり、ペダルを踏んだりして、ピアノが共鳴効果のための楽器として利用されます。レゾネーターとして存在し得るピアノという楽器の音響的パワーの大きさにあらためて驚きました。

トランペットは、フラッター、ドゥートゥルタンニングなどの技術を使いレとファの音に執着しながら曲が進みますが、その間、ピアノの内部に向けて吹いたり、お客さんの方を向いたり、と音を出す方向を変えていきます。
ピアノの反響板、共鳴体としての楽器の効果を使うことにより、さまざまな響きが出現することを利用した作曲のアイディアです。

ベリオのセクエンツァIXは、ピアノのための作品です。学生時代から楽譜棚に待機させているのですが、まだ舞台にかけたことがありません。ピアノという楽器の使い方、作曲のアイディア、響き、テンションなど、バロック、古典、ロマンというレパートリーとは全く異なる次元に身を置いてみる経験によって、冒険心や発想の転換や活性化につながるような気がしました。夏休みに挑戦してみようか・・・と思った次第です。

今は、1953年にイタリアのマルチェロ・アバードさんが作曲された「DANZA」という作品を仕込中です。
マルチェロさんは、今年1月に他界された指揮者クラウディオ・アバードさんのお兄様。若き日のマルチェロさんのエネルギー全開の「DANZA」は、7度音程をさまざまに展開しながら、激しいリズムでたたみかけていく曲です。

9月のイタリアでのコンサートでは、マルチェロさんの前で演奏する予定です。原初生命体に返ったような、殻を破った演奏をしたいと思っています。

コメント