デームス先生90歳記念ピアノリサイタル

紀尾井ホールで開催されたイエルク・デームス90歳記念ピアノリサイタルに伺いました。

10年ほど前、デームス先生のマスタークラスで薫陶を受けたとき「バッハは、私の頭脳を常に明晰にしてくれる。自然の静けさは、私の心をファンタジーで満たしてくれる。歴史的ピアノは私に多くの事を教えてくれる。」という言葉が印象的でした。それは今でも私の座右の名になっています。

前半は、バッハの「半音階的幻想曲とフーガ ニ短調」 に始まり、モーツァルトのイ短調の「ロンド」、そしてベートーヴェンの「ピアノソナタ作品111」。そして後半はドビュッシーの「映像」全曲とフランクの「前奏曲、コラール、フーガ」。

全て先生の十八番の作品が並びました。調性的にも考え抜かれたプログラミングで、全体が一つのデームス・ワールドとして完結しており、アンコールのドビュッシー:「月の光」、そして自作の「ひまわり」まで「音楽」に身を捧げた一人の芸術家の姿が立ち上るステージでした。

レッスンでは、指使いをすべての音符に書き込み、念入りに彫琢し、妥協を許さない厳しい方です。人にも自分にも茨の道を求める中で、時とともに「音楽の真髄」と「演奏の悦び」だけが残っていくように感じました。まさに鍵盤上の草書の世界です。

「100歳まで演奏し続けることを決めたよ。」と75歳のデームス先生が私に仰ったことがあります。オーストリアのガーベルクでのマスタークラスが終わり、山道を一緒に歩かせていただいているときでした。今日の「月の光」を聴きながら、そのとき見た月の美しさと明るさと大きさを思い出しました。100歳まで・・・の言葉はそのとおりになるような気がしています。

60歳くらいでリスクを恐れて暗譜をしないことを選択するピアニストが多くいる中で、すべての曲を暗譜で演奏するデームス先生。単に暗譜ということでなく、心で弾くには暗譜が必要である、というお考えを貫いておられます。そのためのリスクは厭わない潔さと矜持、そして並外れた記憶力に感服した一夜でした。

demus

IMG_0107

コメント