ケンプ先生の楽器

ドイツの巨匠、ヴィルヘルム・ケンプ氏の演奏会に行った日のことは、今も鮮明に覚えています。
後光が射しているいるかのような神々しいオーラとともに、ステージにすっと歩いてこられ、ピアニストというより聖人という印象でした。
凛とした真摯な演奏に、拍手というより両手を合わせて祈りたくなるような、そんな不思議な経験でした。

あれから行く年月を経て、ケンプ氏は、天国に召され、ケンプ氏演奏のCDなどで、往年を偲ぶしかすべがありませんでしたが、今日、なんとケンプ先生愛用の楽器、ベヒシュタインを演奏させていただくことになりました。
名取さんのトラックが到着。ポンポンという調律の音からしてただの楽器ではない音がして、ドキドキしました。

このピアノは、1909年製、ちょうど今年が100歳です。
ポジターノという南イタリアの小さな村でマスタークラスを開かれておられたケンプ氏の愛用の楽器で、蓋を開けたところにケンプ氏のサインがあります。
これは、サインをなさったというより、ピアノの上で手紙かなにかの書き物をしておられたときに、下のピアノに写ってしまった・・・というものです。
普通の音大生がやったら、ただの不注意ということにしかなりませんが、ケンプ氏のペンあとの残った貴重なサイン、何度も触れさせていただきました。

かなり前に、磐田のベーゼンドルファの工房にお邪魔したとき、2時間ほど触らせていただいたことがありましたが、そのとき以来の再会です。

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タッチは軽やかで、反応は敏感そのもの。同音反復など、しようと思わなくても鍵盤が私の心の先を読んでくれるかのごとく、自分の予想をはるかに超えた動きをしてくれるのです。
ケンプ先生の羽がはえたようなファンタジックな演奏は、このピアノを通して生まれたものと合点がいきました。

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