ナイディック&レヴィン

クラリネット界のヴィルトオーゾ、チャールズ・ナイディックとモーツァルト研究の権威、ピアノのロバート・レヴィンによるデュオ・リサイタルが、NPOスペシャルオリンピックス日本・長野の主催により、東京文化会館小ホールで行われました。

使用ピアノは、シュトライヒャー1871年製で、2002年までブラームス博物館に展示されていた楽器です。
江森浩さん所蔵のこの楽器、私も数年前、坂戸でのコンサートで弾かせていただいたことがあり、タッチや音色が記憶に残っています。そのピアノを使ってレヴィンさんがどのような演奏が繰り広げられるのか、東京文化会館の音響がこの楽器に適しているか、興味津々の演奏会でした。

ナイディックさんのクラリネット、様々な音色を使う技を熟知しておられ、フレーズのとらえ方から歌わせ方までパーフェクトに設計された知的な演奏でした。
音楽会で最初に出す音は、その夜の印象を決定づける大切な音です。ナイディッックさんは、客席全員がしびれるような美音で開始されました。
ピアニッシモでそっと入り、伸ばしながらのクレッシェンドなど見事でした。

ブラームスの1番のソナタを弾き始める時、2番のソナタの譜面を持ってきてしまったナイディックさん。
彼が楽屋に楽譜をとりに行く間、
「まったく・・・まいっちゃうなぁ!」
と腕を広げ、即興を始めるレヴィンさん。
最初から仕組まれた演出なのか、本当にドジってしまわれたのか、謎であります。
でもこのソロで弾かれた即興の瞬間、シュトライヒャーがどのような響きになるのかがはっきりとわかり、偶然かどうかは別として、私としてはありがたい3分でした。
その即興の1曲目は、シューマンの夜会小曲集。
さっきまでは明らかにクラリネットにかき消され気味だったシュトライヒャーですが、ソロで弾かれると、まったく問題なく音が通るのです。
ナイディックさんの音が魅力的で、立ち上がりが良ければ良いほど、そちらに耳がとられてしまっていたということなのでしょう。

後半は、まず、クララ・シューマンの3つのロマンス。
ナイディックさんによってクラリネットに編曲されたロマンティックな作品でした。
最後は、ブラームスのクラリネットソナタの2番。
リヒャルト・ミュールフェルト(1856 – 1907 )というクラリネット奏者が使用した楽器をオッテンシュタイナー氏がコピーしたレプリカを使用され、ピアニッシモの夢のような音色から力強いフォルテまで妙技を駆使。
不明確、不明瞭な箇所がなく、メカニカルな面でも素晴らしい演奏です。聞いていて気持ちよく、自信に満ちた音色のコントロールも見事でした。難曲なのに、難曲に聞こえない技は、まさに名人芸!
ただブラームスの心の奥深いところから漏れ出るようなつぶやきが聞こえてきません。すべてが見通されていて、かかっているのか、いないのかわからないような靄も消え失せています。
不器用とも思えるような息遣いがもれ聞こえてはじめて、ドイツ・ロマン派の香りが立ち上るように思うのですが、知性のきらめき、分析の末にほどこされた解釈が前面に出ています。
まったく文句のつけようのない演奏なのですが、涙が出るはずのフレーズで涙が出て来ず、うっとりしたり、見事な腕前に感服するのに、何か、心の奥底にまで伝わってこない ― その理由はどこにあるのか、、、、
演奏とはつくづく難しいものだと感じました。

ジュリアードでナイディックさんの指導を受けた大学時代の旧友やチェリストの友人に会場でばったり会ったり、嬉しいひとときでした。

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