イドメネオ

ニューヨークのメトロポリタンオペラ歌劇場で上演された最新オペラ公演を映画にし、世界に発信するMET ライブビューイング。これまでほとんど見に行くことはありませんでした。オペラは歌劇場で見るもので映画館で見るものというイメージがあまりなかったのです。
オペラは生の臨場感が命ですし、「映画で見ればいい」というお客様が増えてしまったら、この先どうするのだろう・・・と思っていました。けれどこのMETライブビューイングを通じて熱烈なオペラファンになり、劇場通いが始まった人も私の周りにはいて、あらためてエンターテイメント大国、アメリカのプロダクション企画力に感服しています。
ステージでは見ることができない舞台裏、細かな表情の綾、ステージを終え興奮冷めやらぬうちに行われるインタビューなど、ライブでは見逃してしまう場面を克明に見ることができ、なかなかの迫力でした。
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モーツァルトのオペラの中では、上演回数が多いとは言えないオペラ・セリア「イドメネオ」ですが、若きモーツァルトが渾身の力を込めて作曲した意欲作です。
要を押さえたレヴァインのタクトが歌を引き立て、大きな舞台の求心力となっていきます。歌手たち、オーケストラメンバーのレヴァインに対する信頼の厚さが、伝わってきました。
そして、若き日のモーツァルトのずば抜けた調性観にあらためて感じ入った次第。
ニ長調の祝祭的な序曲、嫉妬のハ短調、嵐のト短調、清純なハ長調、、、、と調の変化が音楽の色、歌の内容と合致しながら劇が進行し、聴くものをぐいぐい人間ドラマに引き込んでいきます。
父と息子の葛藤、愛の三角関係など、24歳のモーツァルトにとって、自身の人生のエポックと大きくオーバーラップしたことでしょう。1781年1月にミュンヘンで上演し、そのまま逗留していたところをコロレド大司教によってウィーンに呼び出されたモーツァルト。5月に大司教と決裂し、大きな岐路に立つことになります。音楽家モーツァルトの後半人生のスタート地点とも言えましょう。
第1幕後のインタビューで合唱指揮のD・パランボ氏の言葉が、METの特徴を言い当てていました。
「ソリストにしろ、合唱にしろ、まずは”声”です。”声”がなければ話になりません。」
巨大劇場の一番後ろの席にまで朗々と響き渡る立派で豊かな声があって初めて、METに出演が可能というわけです。
映画のスクリーンでは、ここまで張り上げなくても・・・と思われる場面もあるのですが、きっとメトロポリタンではちょうどよいボリュームなのでしょう。
インタビューでは、歌手たちの日常も垣間見え、ファンとしては嬉しいコーナーです。
悩める王を好演したM・ポレンザーニが、旅から旅の生活の中でSMSやフェイスブックで励ましてくれる友人たちに感謝したり、「000見てるかい?」と個人的なメッセージを送ったり・・・。
次回作の「エフゲニー・オネーギン」に出演予定のネトレプコが、客席から愛息を連れて登場。「ロシア語は暗譜が楽だわ~。」とコロコロと笑う姿からは、悲劇のヒロインを演じる姿が想像つかないほどです。
いずれにせよ、インタビューで声楽家から自然体の素顔や、本音トークを引き出せるのは、インタビューアーが同じ舞台に立つ歌手E・オーウェンズだからでしょう。
第2幕目まで見たところで、時間切れ。本日の鑑賞は、ここまでとなり、ピアノ・リテラチュアの授業のため、大学に急ぎました。今日の講義題目は、「モーツァルト、青春の旅から生まれた音楽」。20代前半の学生たちは、ちょうど「イドメネオ」を書いた頃のモーツァルトと同世代です。
古典のオペラが、リアリティーを持って私達に迫ってくるのは、時代や国が変わっても、人間の感情の本質はあまり変わっていないからでしょう。オペラの名場面、耳に残る旋律、歌手の表情などが心の隅に残る中、ピアノを弾き、講義を進めました。

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