シューベルトの”リアル”を求めて 

朝日カルチャーセンターでは、コロナ禍以降、オンライン講座が開催されています。その時間に会場に行くことが難しい場合も、コンピュータの前に座ることができなくても、あとで時間のある時に視聴することができ、ありがたい限り。

今回のオンライン講座は「小説の力 ~シューベルトの ”リアル” を求めて~」というタイトルで 中田朋樹×堀朋平 お二人のシューベルト対談。中田さんの新著『彷徨 フランツ・シューベルトの生涯』(鳥影社)を題材に、この作品が生まれた背景、解釈、読みどころなどが語られました。

シューベルトの長大な晩年のソナタを思わせる長大作で、その厚さは愛用している三修社ドイツ語の辞書と同じくらい。

精読した堀さんの「この小説は、学者の自分から見ても、つっこみどころがない!」というお墨付きの言葉で始まった対談。映画にしても小説にしても有名作曲家の生涯を扱ったものには、たいてい学者さんからの「史実に合っていない!」という指摘がつきもの。それなのに、これだけの厚さの大著にもかかわらず、日本を代表するシューベルト研究家に「よくぞここまで調べ上げた!」と絶賛されたわけですから、中田さんの緻密で徹底した取材とシューベルト愛に太鼓判が押された感じです。

中田さんは、18世紀ドイツにおける市民と芸術家(健全な市民道徳からあぶれてしまう人間)の対立構造、ドイツロマン主義の本質、宗教観についても丁寧にお話しくださり、謙虚で真摯で温かなお人柄が伝わってきました。

この小説を初めて知ったのは、中田さんの妹、牧子ちゃんからのメールによって。牧子ちゃんはオーストリアのイエルク・デームス先生の山荘合宿で知り合ったピアニスト。彼女のルームメイトはジュネーヴ国際コンクールの覇者、荻原麻未さんでした。3人で夜中までお喋りした日が懐かしい!牧子ちゃんは、今では2人のお子さんのお母様ですが、純粋で可憐なお嬢さんの印象は今も変わりません。お母さんゆずりのくりくりした瞳の可愛い子供さんの写真と一緒に「兄がシューベルトの本を出しました。」と知らせてくださったのです。

早速Amazonで注文。厚すぎて通常の包装に入らなかったのか、中程の頁が少し折れて到着。一瞬ムッとしましたが、その頁を読むと、なんとシューベルトのベッド・シーン! 仰天しつつ、読み進めてしまいました。シューベルトを語る上で性は外せない重要な場面だと仰る中田さん。

権威への反発、父との確執、友人との心の交流、病の不安、楽園的快楽、さすらいなど、生涯がリアルに描かれ、シューベルトのイメージが生き生きと結ばれる本書。

亡くなる場面で「杏」が出てくるのはなぜ?という堀さんの質問に、ウィーンでの取材旅行で出会った杏のエピソードを披露。柔らかく腐りやすい果物、ウィーンの特産物としての「杏」が象徴する死の世界をお話しくださいました。「杏のモチーフ」という堀さんの言葉から、小説と音楽の共通項を感じた次第です。

東大法学部卒、防衛庁に勤務後、「ここは自分が生きる場所でない」と退職。トーマス・マン→辻邦生に導かれて小説家になったという異色の経歴の中田さん。『落日の奏鳴樂』に続く音楽小説。とにかく面白い。

裏表紙を閉じる頃には、すっかり中田朋樹ワールドに引き込まれていることでしょう。

シューベルトファン必読!

コメント