愛器のフォルテピアノ(1795年ヴァルター・モデル、ペトロゼッリ制作)をサントリーホールに運び込んでのリサイタル。ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全曲シリーズvol.2、おげさまで終了いたしました。
準備を進める中で、はじめはフォルテピアノだからこそできる軽やかさや弱音の魅力を目指しましたが、楽器との距離が近づくにつれ、小さな楽器だからこそできる「思い切って出す限界値ギリギリのベートーヴェンのフォルテの表現」という発見もありました。
ヨーロッパ生まれのフォルテピアノは、湿気を嫌い、ちょっとした変化でご機嫌がななめになり、トラブルに繋がります。
今のダンパー(止音装置)に比べてなんと頼りないこと。
ダンパーが固まってきた時は、針でツンツンとほぐして柔らかくしたり、音程が狂うと自分でペトロゼッリさんからいただいたハンマーでちょこちょこと調律したり。
この夏は温度計と湿度計を一日何度も見ながら「我儘箱入り娘」に翻弄されたひと月でした。
でも、そのおかげで会場でひと月ぶりに会う調律師さんが「どうしてこんなに状態がいいんですか?!」と一言。予定より早めにリハーサルを開始できました。
足ペダルが無い時代の楽器は、膝レバーを押し上げて強弱の変化をつけていきます。
きついのは、《月光》第1楽章で左膝レバー(弱音装置)をずっと上げた状態でキープし続けながら、右膝レバー(ダンパー)を操作する時。
わかりやすく言えば、まず爪先を床につけて両足で貧乏ゆすりをする→そして左膝は上にあげた状態を6分以上キープし、かつ右は時折上下運動を慎重にする、という筋肉の状態です。
まあ、スクワットに比べれば大したことはありませんが、ベートーヴェンが「足ペダル付きの最高級マホガニーのフォルテピアノが欲しい!」とヴァルターに依頼したのも無理はありません。
もしかするとベートーヴェンだって時々足がつったり腰が痛くなっていたかもしれません?!
今回のプログラムは、前半ベートーヴェンの10番、3番。休憩を挟んで幻想曲風ソナタを2曲。ベートーヴェンがアイディアをこれでもか、これでもか、と詰め込んだ3番のソナタは、堂々たるピアノ・コンチェルトの様相を見せるスケールの大きな曲。後半は13番と14番《月光》の姉妹作を続けて弾き、ベートーヴェンの「幻想」の世界にアプローチしました。若き日のベートーヴェンの実験的精神、限りないロマン、初期のピアノ・ソナタの魅力をお聞きくださった皆様と共有した時間でした。
ご来場の皆様、お世話になりました皆様に、心から感謝申し上げます。
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