今年3月に82歳で他界されたマウリツィオ・ポリーニ氏。人間業を超えた完璧なショパンのエチュードLPに打ちのめされた学生時代を思い出します。
数年前、イタリアに演奏旅行に出かけた時、ポリーニ通りを案内してくださった地元のプロデューサー。ポリーニさんは、お母さん思いの優しいお人柄だと語っておられました。そのポリーニを指導したピアニストとしてイタリア音楽界で深く尊敬されているカルロ・ヴィドゥッソ氏。氏の未亡人からヴィドゥッソ氏の手書き楽譜を託された音楽学者のユアンプーさんのエッセー(訳:森岡葉さん)で「月刊ショパン」7月号から始まった「カルロ・ヴィドゥッソの遺産」連載。
8月号では、ヴィドゥッソの孫弟子にあたる伊藤翔さんとの対談。9月号、10月号ではバッハのインヴェンションを1曲ずつ取り上げて楽譜を掲載。私が解説を担当しています。来月11月号は、シンフォニアに進みます。
「シンフォニア」「平均律」、それらの膨大な量の音符をすべて手書きし、その全部の音符に指遣いを書き込んだヴィドゥッソ氏。トリルも一個一個の細かい音符に至るまで指遣いの数字を書き込む念の入れよう。
「ほとんど写経の世界」と仰る翔さんの言葉どおり、この完璧主義には驚愕!の一言。
「指遣いが仕上がりを決める」と常々仰っていたウィーン三羽烏の一人、イエルク・デームス先生も徹底的にフィンガリングを書き込む方でした。「YUKO、明日朝一で返してくれればいいから、自分の楽譜に全部写せ。」と言われて徹夜で指遣いを写したこともありました。バッハにはブゾーニ版をはじめ、学習版も複数出ており、それぞれ異なるアプローチで曲に対峙しています。
最後は自分でベストの指遣いを選択して初めて、その人の音楽が仕上がるのですが、その過程において巨匠や名演奏家の指遣いを分析することで、それぞれのピアニズムや解釈が見えてきます。
残された楽譜を通じてヴィドゥッソ氏のバッハ解釈を読み解いていきたいと思っています。来月号からシンフォニアに入ります。
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